それぞれの「やりたい」を動力にするためのサイボウズの仕組み

佐宗 僕の経営するBIOTOPEという会社のバリューの一つにも「やりたいを動力にする」があります。会社のなかで個々の人が「やりたい」という思いをお互いに共有しながら、それをどうビジネス化していくかを考えて、中期的な戦略に落とし込んでいくというアプローチをとっています。

一方で、この手の「思い」や「魂」って、放っておくだけではなかなか出てこないですよね。それは社員の人数が多くなればなおさらだと思うのですが、サイボウズさんではそういう「思い」が出てきやすくするために、どんな工夫をされているんですか?

青野 異動の意思表示ができる制度があり、キントーン(サイボウズの業務改善プラットフォーム)上にある「Myキャリ」アプリを使っていますね。定期的に自分のキャリアについて振り返ってもらい、「3年後に自分はこうありたい」ということを書いてもらうんです。

佐宗 その「Myキャリ」に書いたことは公開されるのですか?

青野 社内全員に公開できます。隠すこともできますけど。さらに、キャリアビジョンだけじゃなく、自分のほしい給与額も書いてもらうんですよ。「1000万円ほしいです」と書いたら、「なんで?」と問われますよね。「なんで1000万円なんだろう?」と自分でも内省する必要が出てきます。魂から欲望を引き出すには、自分の人生を振り返って、本当に嫌なことまで思い出して立ち向かわないといけない。その作業をちょっとだけ仕組み化しています。

佐宗 希望給与額を書いてもらうなんて、すごい取り組みですね。たしかに、社員の主体性を引き出すために、各自のキャリアビジョンを徹底的にオープンにする場をつくっている企業さんの話は、よそでも耳にしたことがあります。こういうことって、自然発生的にはなかなか起こらないので、会社の制度に落とし込まれているのはいいなと思いました。

青野 日本で育つと、こういう部分はあまりトレーニングされない気がするんですよね。たとえば小学校入学時に、僕たちは小学校に入るかどうかなんて「選択」していませんよね。もし小学校に行かない選択肢も提示されたら、迷ったと思うんですよ。小学校に上がっても、何の勉強をするかを問われることなく、学習内容は時間割で決められている。生徒はそれに従うだけです。夏休みも宿題を出されるから、なんの勉強をすればいいかに迷わなくていい。

日本人は内省するトレーニングを受けないまま、大人になっていくんです。小さな頃から選択肢を用意されて「どれを選びますか?」と聞かれるだけでもだいぶ違うと思うのですが、最初から「やるべきこと」が与えられてしまっている。それに応えるのが大事だと教えられて育つので、社会人になってから急に「あなたのしたいことはなんですか?」と聞かれると、思わず固まってしまう。トレーニングしていないんだから、当たり前ですよね。

佐宗 たしかに。だから内省の機会を制度化したのですね。

青野 Myキャリに書かれた内容は、社内に公開されるわけですが、ときどき「3年後には地元の関西に戻りたいです」と書く人がいたりします。すると、それを見た関西のメンバーが黙っていない。「そういうことなら、3年後じゃなくてもいいんじゃない? いますぐこっちにおいでよ」という感じで、いきなり勧誘が始まる(笑)。社員たちがお互いの理想を知っておくと、こういうおもしろい動きが生まれてくるんですよね。

佐宗 話が早くて、いいですね!

全員の「やりたい!」を社内公開した結果、サイボウズで起きたこと
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。