いま、イェール大学の学生たちがこぞって詰めかけ、夢中で学んでいる一つの講義がある。その名も「シンキング(Thinking)」。AIとは異なる「人間の思考」ならではの特性を存分に学べる「思考教室」だ。このたびその内容をもとにまとめた書籍、『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』が刊行された。世界トップクラスの知的エリートたちが、理性の「穴」を埋めるために殺到するその内容とは? 同書から特別に一部を公開する。

「自信満々でうるさい人」を一発で黙らせるすごい一言Photo: Adobe Stock

人は自分の知識を「過信」している

 人は自分が持つ知識の範囲についても、しょっちゅう過信する。実際に身につけている以上の知識があると思い込むのだ。

 その対策として、自分の知識を書き出すと過信が軽減されうる、と実証した研究がある。他者からのフィードバックがなくても軽減するという。

 その研究ではまず、実験の参加者に、トイレ、ミシン、ヘリコプターなどが動く仕組みに関する知識がどのくらいあるかを自己評価させた。7点満点で、1は「まったく知らない」、7は「完全に知っている」だ。あなたなら、トイレやミシンやヘリコプターが動く仕組みに関する知識がどのくらいあると評価するだろうか?

 この3つはどれも、誰もがよく知っていて、各パーツがスムーズに動いているところを見たことがあるものだ。ゼロから組み立てることはできないにしても、どのように動き、何をするかはなんとなく知っている。少なくとも、トイレが流れる仕組みはわかるはずだ。

 実験の参加者がつけた自己評価の平均は、真ん中の4前後となった。この数ではあまり過信しているようには見えないかもしれないが、実際には過信しており、その過信は流暢性による錯覚によって引き起こされたものだ。

 あなた自身でも確かめてもらいたいので、ヘリコプターに対象を絞り、それが実際に動く仕組みを順を追って書き出すか、口頭で説明してみてほしい。そのうえで、自分の知識のレベルを自己評価しよう。実験の参加者がこれと同じ指示を受けると、ほとんどの人が非常にあやふやになった。知っていると思ったことをいざ説明しようとしたとたん、自分は自分で思っていたよりはるかに何も知らないと気づかされたのだ。

 実験の参加者と同じことをしたい人は、さらに「ホバリング状態のヘリコプターはどのようにして前進に切り替わるか?」といった質問に答えてみるといい。実験の参加者たちは、質問されるたびにどんどん謙虚になっていった。

「知識の穴」を知るには?

 こういった真偽の確認は、あいにく仕事の面接試験の最中に行われることがある。

「なぜこの仕事に応募したのですか?」や「あなたの強みと弱みは何ですか?」は、面接官が応募者に尋ねる質問の典型だ。

 こういう質問なら、何と答えればいいかはわかる。

 仮に、面接官から「あなたの強みは何ですか?」と尋ねられたとしよう。あなたは大喜びだ。「整理し、まとめる力です」との答えが用意してある。

 ところが、面接官はさらに詳しく探ろうと、「具体例をあげてもらえますか?」と尋ねてくる。そのとたん、あなたの脳は硬直し、キッチンでスパイスの瓶をアルファベット順に並べたことしか思い浮かばない。それを例にあげると、「それがこの仕事にどう生きるのですか?」といった質問を投げかけられ、あなたは悟る。それを確かめられる機会は訪れないのだろう、と。

 面接の練習として、想定問答の答えを実際に口に出す練習は欠かせない。それにより、自分の回答を客観視できるようになるからだ。

 また、回答を書き出した場合でも、それを他人の答えだと思って、自分が面接官ならこの回答をした人物を採用するだろうかと検討することができる。

 あるいは、質問に答えている自分を録画してもいい。撮影された自分の姿を見るのが耐え難い苦痛であることは百も承知だが、それで決定権を持つ人の前で上手に受け答えができるようになるのなら、そのほうがはるかにいい。

「説明してもらえますか?」と促すだけで過信を打ち砕ける

 過信が減ると、「プレゼンを行うスキルや面接で受け答えするスキルが向上し、パーティーで恥をかかないようになる」といった個人的なメリットが生まれるばかりか、社会全体のためにもなる。

 ある研究では、政治的な過激思想の減少を招く可能性が示唆された。

 ほとんどの人は、中絶、福祉、気候変動といったさまざまな社会問題に対して確固たる意見を持っている。だが残念ながら、説明を強いられない限り、そうした社会問題について自分はほとんど理解していないと気づけないようだ。

 その研究では、実験の参加者にさまざまな政策に対する見解を尋ねた。その対象は、イランの核開発に対する一方的な制裁、年金給付年齢の引き上げ、炭素排出に関するキャップ&トレード制度の確立、国税への一律課税の導入など多岐にわたり、それぞれの問題に対する姿勢を表明するよう求めた。そして、それぞれの政策がもたらす影響の理解度を自己評価させた。

 その後、先ほど紹介したヘリコプターなどについて尋ねた実験と同じく、政策がもたらす影響を書き出すことも参加者に求めた。そのうえで、各政策の理解度をもう一度自己評価させた。

 すると、こちらの実験でも参加者の自信は下がった。知っていることを書いて説明させるだけで、自分の理解の浅さを自覚させることができたのだ。

 ここまでは、ヘリコプターの実験と同様の結果が見て取れる。

 しかしながら、実験の最終パートに注目してもらいたい。こちらの実験では最後に、各政策に対する見解をもう一度尋ねている。その結果、参加者の過信が軽減されると、政策に対して示す姿勢も、最初に比べて謙虚になると判明した。知っているという錯覚が打ち砕かれると、強気の姿勢は鳴りを潜めるようだ。

 参加者が謙虚な姿勢になったのは、反論されたからではないという点は、あらためて強調しておきたい。少し説明を求めるだけで、人は謙虚になるのだ。

 それを思うと、意見が異なる人と対話を持つことが、社会にとっていかに重要かがよくわかる。人は同じ意見を持つ人どうしで固まりやすい。だが、その集団のなかにとどまり続けていれば、自分が支持する政策がもたらす影響について話す機会は生まれない。「みんなもう知っている」と思い込むからだ。

 反対の立場の人に、その政策がもたらす影響を説明することになって初めて、自分の知識の穴や論理の欠陥を自覚し、それらを修正できるようになるのだ。

(本稿は書籍『イェール大学集中講義 思考の穴――わかっていても間違える全人類のための思考法』から一部を抜粋して掲載しています)