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被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま

公民館から中学校への避難があだに
“閖上の悲劇”を生んだ「避難誘導」の謎

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第3回】 2013年3月25日
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 震災当時、4000人ほどが在宅していたといわれる宮城県名取市閖上地区で、800人近くもの犠牲者が出たのはなぜなのか。

 その要因として挙げられているのは、大津波警報の発表や避難を知らせる「デジタル防災行政無線」が鳴らなかったこと(前回参照)、さらに市の指定避難場所の「閖上公民館」に避難した人たちが外に出され、「閖上中学校」に誘導される途中、津波に飲み込まれたことだ。

「公民館の2階に残っていれば…」
中学校への避難誘導で多くが犠牲に

黒板の日付は「あの日」のまま。Aさんは震災後、卒業メッセージのすき間に息子の同級生たちへのメッセージを書き込んだ
Photo by Yoriko Kato

 当時、閖上公民館にはグラウンドの車も含めると、200人以上が避難していたといわれている。公民館の前を通って中学校のほうへ向かう道路は、すでに車で大渋滞していた。

 津波が来たとき、公民館の2階に残って助かったのは、わずか三十数人だった。

 「公民館にいたとき、薄緑色の上下の作業着を着た男の人が来て、館長と話した後、“ここでは助からないから、みんなを中学校へ誘導して!”と言ってたような気がします。ほとんどの人が外に出たと思いますね」

 当時、中学1年生の長男を亡くした母親のAさんは、そう振り返る。

 近隣に住んでいたAさんは、公民館の中で中学校卒業生の謝恩会をしている最中、地震に遭った。揺れが収まった後、一旦自宅に帰宅。自転車で近くの実家の両親の安否を確認しに行くと、隣の家の庭で集まった近所の人たちと一緒にラジオを聞いていた。両親の姿を見たのは、それが最後となった。

 Aさんは、実家に預けていた小型犬だけを連れて再び公民館に避難し、グランドに車を停めて、建物の目の前にいた。中学校へ移動するよう誘導があったときも、一緒に犬がいたことや、車が渋滞していたことなどから、そのまま公民館に残ることにしたのだ。

 「貞山堀から海側に住む、仲のいいおばあちゃんがスクーターで来ていて、“向こうは、避難しろ!と大騒ぎになっているよ。公民館が避難所になってるから来たんだ”って。道路がえぐられて液状化し、マンホールも突き出たそうです。でも、こっちの公民館周辺は静かで、避難の指示もない。そこまで被害がすごいという感覚がなかったんですね」

 1年前のチリ津波のときも、公民館の1階が避難所だった。

 長男は、友人と一緒に公民館前のグランドにいた。

 津波は、音もにおいもなく、突然やってくる。気づくと、道路をはさんで隣接する観音寺の本堂の屋根に土煙が見えた。

 「大変だ!あれは津波だぞ!」

 誰かが叫んだ。

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま

東日本大震災の津波で700人以上が亡くなった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区では今、どこに町を再建するかを巡り、住民と市長・行政の間で大きな隔たりが生まれている。この連載では、閖上地区を具体例としながら、震災から2年経った今だからこそ見えてきた被災地の直面する問題を明らかにする。 

「被災者はどこに住むべきか~宮城県名取市閖上のいま」

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