『学問のすすめ』は生涯学習や平等主義を説く本ではない。幕末・明治への転換期に書かれた、個と国家の変革を促す「革命の書」である。140年前の幕末と現代は、グローバル化の波、社会制度の崩壊、財政危機、社会不安など多くの共通点があるが、この歴史的名著には、転換期を生き抜くサバイバル戦略が満載なのだ。今、現代の日本人が読むべき転換期を残り越えるヒントとは何か?歴史を変えた名著をダイジェストで読む。

激動の時代に書かれた革命指南書

「なぜ、今『学問のすすめ』なのか?」

 そう不思議に思う人もいるかもしれません。現代では『学問のすすめ』と聞くと、10代の受験生が勉学に励むための啓発書か、若者へ学びの大切さを訴える本、あるいは生涯学習を勧める書籍というイメージを思い浮かべる人も多いでしょう。

「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」

 この大変有名な言葉から、平等主義を説いた道徳的な要素の強い書籍と思っている方も多いのではないでしょうか。しかし、『学問のすすめ』が執筆された時代を見ると、まったく違う側面が浮かび上がります。

 著者の福沢諭吉が慶應義塾の名称を正式に採用した1868年は、東京の上野で旧幕府側の彰義隊と、新政府軍の戦闘(上野戦争)が行われるなど、国内を二分した戊辰戦争の真っただ中でした。諭吉の自伝にも上野の大戦争の最中、大砲の轟音が遠く鳴り響く日にも英書で経済の講義をしていたことが書かれているくらいです。

 ペリーの黒船来航が1853年ですから、福沢諭吉が『学問のすすめ』を執筆した時代は、日本の歴史上際立った激動期であり、生きるか死ぬか、日本という国家の未来がどうなるかを日本人全員が固唾をのんで見守り、ある者は旧江戸幕府と共に戦い、ある者は近代化を目指して明治維新へ邁進するなど、現代日本人の想像をはるかに超える大変革の時代だったのです。

『学問のすすめ』は激動に次ぐ激動の時代に、いかに取り残されずにサバイバルするか、日本の未来を確かなものにする変革へ向けて、個人と国家のあるべき関係をダイナミックに変える革命指南書だったのです。

新時代を切り拓こうとする日本人が
夢中で読んだ書

『学問のすすめ』は明治維新の5年後、日本が国家存亡の岐路に立った時期の1872~76年に書かれました。日本の人口が3500万人であった当時、17編で合計約340万部、現在なら1200万部に相当する驚異のベストセラーです。ある意味で、日本の歴史上初の自己啓発書であり、日本人が「自己変革と日本革新のための最高の武器」として貪り読んだ貴重なメッセージでした。

 現代日本と幕末日本の類似点として、半ば強制的に「鎖国を解かれ」、本格的なグローバル競争に直面していることが挙げられます。1842年の清とイギリスによる「阿片戦争」は、イギリス側が貿易の完全無条件受け入れを強要したことが発端です。

 当時、アジアの大国だった清の敗北を知った日本では、「鎖国の維持は近い将来不可能になるだろう」と予感して、秘かに対策を取り始める人たちが増えていきます。日本という国家の崩壊を避けつつ、必死で近代化を目指す日本人は、明治維新という社会・国家革命に最後は一丸となって飛び込んでいきました。

 現代日本もすでに避けられないグローバル化の波に大きく影響を受けており、個人も国家も、新しい時代にこれまでにない形でサバイバルする必要性に迫られています。1980年代以降、隆盛を誇った日本の製造業は円高で続々と海外移転をする現在。従来の制度がすでに変化に対応できないこの国では、財政、社会保障制度を含めいくつものシステムが危機的状況を迎えています。

 大げさではなく、新しい時代を切り拓く英知こそ、今まさに求められているのです。幕末期、新しい日本をつくろう、新しい社会をつくろうと日本の先人たちが未来を憂え、新国家創造に命を懸けた姿には、現在難局に直面する我々も大いに学ぶ点があるのではないでしょうか。

 140年前、新しい時代を切り拓く指南書として、明治維新の真の実現を後押しする書物として、日本人全員が夢中で読んだ書籍。それこそが、福沢諭吉の書いた『学問のすすめ』という書籍だったのです。