しかし、歴史を学ぶ上では、身体的な回復という意味だけでは通じなくなることがあります。たとえば世界史では、「○○国は領土の回復に成功した」という形で使われます。言い換えれば「○○国は領土を取り戻すことに成功した」という意味ですね。一般的に「回復」と言ったときに想定される意味とはちょっと離れています。

 世界史や日本史などは、基本的に「領土の奪い合い」がテーマとなります。さまざまな謀略、計略、戦争によって、領土の奪い合いが起こります。もちろん、奪われた側も指をくわえて見ているだけではありません。当然ながら、カウンターとして相手に攻撃を仕掛けることもあります。

 そうした争いをみていく時に、どの程度まで、どのような形で領土を得ることができたのかを一言で説明できるワードはあまり多くありません。その中の一つが、この「回復」なのです。

 ひとこと「回復した」と書くことによって伝えられる情報は数多くあります。まず大事なのは「かつてその国の領土だった土地が、なんらかの要因によって奪われたか、もしくは失った状態にあったが、それを取り戻すことができたのだ」という長い時間経過をもったニュアンスをたった二文字で伝えられるということです。

書影『東大生と学ぶ語彙力』『東大生と学ぶ語彙力』(筑摩書房)
西岡壱誠 著

 ある土地の所有権が国家間を複雑に移動するようなとき、「回復」というワードは非常に有用になります。「○○国は領土を得た」と「○○国は領土を回復した」ではその背後にある、これまでの歴史が違うことが読み取れますよね。

 また、どの程度領土を得ることができたのかということについても推察できるところがあります。かつて所有していた以上の土地を得ることを「回復」とはいいませんから、「かつて所有していた土地を、その分だけ、もしくは一部だけ取り戻すことができたのだな。この戦いで新たに得た領地はないんだな」と理解することができます。

 たった二文字の「回復」というワードですが、意味を正確に理解していないと、重要なニュアンスを読み飛ばしたり、逆に元の文に書かれていない意味合いを読み取ってしまったりするかもしれませんよ。