自費出版で出したマンガ冊子が、地元長崎県の書店で2ヵ月にわたって週間ベストテンの1位となり、2012年7月、『ペコロスの母に会いに行く』として西日本新聞社より刊行された。施設に暮らす認知症の母とのエピソードが、多くの人の共感を呼び、12万部を超えるベストセラーとなっている。
ここでは、その本の中では書ききれなかったその後のことなど、3回にわたってご紹介します。
長く生きてほしいのか、
自然に命を全うしてほしいのか
今、僕は、63年生きてきて初めて、と言っていい煩雑さを味わっています。
「ペコロス」は、小玉ねぎを意味する著者、岡野氏の愛称。コミックエッセイとして描かれた40歳で故郷長崎にUターンした漫画家(62歳)と認知症の母(89歳)の、温かく笑えながらも、どこか切ない家族の物語。多くの人の共感を呼び、NHKでドキュメンタリー番組が放映されるなど、多数のメディアで取り上げられ、実写映画化も決定している。
この国のいろんなところに出掛けては、母の事、マンガの事、介護の事などなど、大した経験も知識もないのに、ザッとした事を喋ってはとんぼ返りし、わざわざ西の果ての港町まで取材に来られるマスコミの方への対応に明け暮れる日々――と言ってもあながち誇張とは言えない日々を送っています。
二、三日おきに母に会いに行ってます、と言いながら、なかなかそうもいかなくなってたりします。
常に母の部屋を包んでいた百合の花の香りも途切れる日があり、何だか本末転倒だな、と自嘲しながら無駄に忙しく動く日々。
そうこうするうちに、母に胃ろうの話が持ち上がりました。
一日でも長く生きてて欲しい、という思いと、自然に命をまっとうして欲しいという思いがせめぎ合いながら、講演の壇上から、どうすればいいのか問いかけたりしました。
ネットで調べたり、いろんな人から話を聞いたりしました。
そして僕なりに出した答えに基づき、明日母が入院するという日。
60年前に……
階下に人の気配がして降りて行くと、朝日の差し込む玄関に幼ない男の子(僕)を連れ赤ん坊(弟)を背負った小柄な若い母親(光江)が立っている。