87年、なかなか覚えてもらえない「イル・ジョルナーレ」の名を捨て、6つの店と焙煎工場を買い取り、「スターバックス」の名で再スタートしたシュルツは、フランチャイズの専門家を引き入れ、従業員には25時間の研修でマニュアルを叩き込んだ。そこから世界戦略が始まる。

スタバの進出を許さなかった
コーヒーの聖地・イタリア

 やがて、エチオピアの豆を市場価格の23パーセント増しで購入するというフェアトレード・コーヒーも手がけていたのに、シアトルで反グローバリストの殴り込みを受ける巨大チェーン店へと成長していった。

 こうして2021年の時点で、東京には394軒、ソウルに284軒、サウジアラビアやヨルダン、オマーン、上海にまでも広がった。

 さて、ボニッリ氏の呟きからほぼ10年、イタリアにスタバは店を出したのか。

 2018年まで、飛ぶ鳥を落とす勢いだった“世界”のスタバは、この国に一軒もなかった。

 このグローバル化の時代に、そんなことがありうるのか。「スターバックス」が啓示を受けたというコーヒーの聖地イタリアには、その名前すら知らない人が多い。日本人と同じで、英語がからきし苦手ということもある。

 しかし、シュルツは、「イタリアへ戻ることは、常に私の夢です」と公言しながら、虎視眈々と進出を狙っていたのである。

 なぜイタリアに進出できずにいるのか。専門機関にしっかり問い合わせてみようと、イタリア飲食協会に手紙を書いてみた。すると、まもなく、秘書のマリア・コンチリア・ソッレント女史から、こんな丁寧な返事が届いた。

 イタリアには、スターバックスの支店はございません。と申しますのも、あのような規模の企業が、私どもの国に投資をする意味がないという事情によるものでしょう。

 つまり、こういうタイプの企業は、その過程においても、商品そのものについても、正確で厳しいマニュアルに従って生み出されたものであり、どうしても、スタンダードなものにならざるを得ないわけです。

 私どもの国は、食べ物との関係をとりたてて大切にする社会です。それは同時に、食品とレシピの多様性、そして伝統とのつながりを極めて大事にしており、そのことが、世界におけるイタリア料理の価値を高めているのです。