視点2
「新しい顧客体験」というマーケティングの視点

 先にハワード・シュルツについて私は伝統を広めるという保守的な側面と、メディアが拒絶するほどの破壊的な新商品を生み出す革新的な側面という二面性を持つ人物だと紹介しました。

 しかし、その二面性はひょっとすると「顧客に新しいコーヒー体験を提供する」という一本の哲学に収れんするのかもしれません。

 ハワードのマーケティング的な成果のエピソードとしてこのようなものがあります。

 まだスターバックスがアメリカでも全国展開できていない1996年、ハワードは「一夜にしてわれわれの顧客は2倍以上に膨れ上がった」と発表します。

 ハワードが2000万人の新規顧客を獲得することになったのは、その年からユナイテッド航空が機内でスターバックスコーヒーを扱うことになったからでした。

 実はこの提携、スタバはあまり乗り気ではなく、ユナイテッド航空の熱意に説得されてハワードが本腰を入れることになったものです。

 飛行機をよく使う人なら誰もが知っているように機内で飲むコーヒーはあまりおいしくありません。気圧が違ううえに、機内に持ち込む水の品質も空港によって違い一定しません。しかも従来のコーヒーメーカーでは、気圧と沸点の関係でおいしく抽出できないうえに、作り置きしたコーヒーが煮詰まってしまいます。

 スターバックスはこれらの問題を解決するコーヒーメーカーを開発したのですが、それが全機に搭載されるまでの4カ月の間は、ユナイテッド航空に乗ったのにスターバックス品質のコーヒーを飲めなかった乗客から不満の声が上がったそうです。

 とはいえユナイテッド航空へのスタバ導入はマーケティング的には成功で、その後の調査では機内でコーヒーを飲んだ乗客の71%がコーヒーの味について「きわめて良い」もしくは「良い」と回答しています。さらには14%はユナイテッド航空の機内で初めてスターバックスコーヒーを飲んだと回答しています。

 マーケティング視点で言うと、スターバックスは1993年まではレストランを除いて他社がスターバックスを販売することを認めていませんでした。

 しかし事業が地域的にも製品的にも広がり始めた1995年初頭にブランド戦略を見直します。「品質が保てる限り、人々が一番楽しみながら飲めるところ、一番飲みたいと思っているところへコーヒーを届けるべきだ」と考えを変えたのです。

 その後にスタバに起きたことを振り返ると、おそらくこのときの決定が後のスタバの製品マーケティングを大きく変えたのだと思われます。