浮世絵のイラストPhoto:PIXTA

あらゆる季節や時間で、さまざまな降り方をする雨を浮世絵ならではの表現で残している浮世絵師、歌川広重。彼の作品は雨によってもたらされる人々の感情を描いており、日本人と雨との関わり方を象徴するものになっている。ゴッホをはじめ世界的にも影響を与えた彼の描く「雨」の魅力とは――。本稿は、長谷部 愛『天気でよみとく名画』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。

にわか雨に慌てる旅人
―広重《東海道五十三次 庄野 白雨》

歌川広重《東海道五十三次 庄野 白雨》1833年頃歌川広重《東海道五十三次 庄野 白雨》1833年頃

 浮世絵師、歌川広重の表現力と観察眼を存分に味わうには、まず「雨」でしょう。広重の大胆であると同時に繊細な雨の表現は、人を惹きつけるものがあります。気象学的にも的確。四季によって、また時間によって変わる日本の雨の雰囲気を味わうことができます。広重の雨は、日本人と雨との関わり方を象徴するものになっていると思います。

《東海道五十三次 庄野 白雨》は、東海道の宿場町、庄野、現在の三重県鈴鹿市をモチーフにした作品です。白雨というのは、目の前が白く見えるほどの激しい雨という意味で、夕立、にわか雨のことです。

 存在感を放つのは、画面を斜めに横切る無数の線。様々に幅を変える薄墨の線を画面の右上から左下に大胆に走らせ、こちらにまで雨音が聞こえてきそうな勢いを感じさせます。さらに、にわか雨が起きた時にしばしば吹く強い風が、大きく揺らぐ木々で表現されていて、躍動感にあふれています。

 このようなにわか雨は、現代の雨雲レーダーでも予測ができないので、昔ならなおのこと想定外だったと思います。転がるように坂を下る番傘の男や、駕籠(かご)の雨よけの覆いが強風に煽られて今にもまくれてしまいそう。そんな描写から、旅人たちが急な雨に慌てている様子が伝わってきます。現代の私たちにも共通するところがあり、「こういうことあるよなあ」と思わずクスっとしてしまうコミカルさがありますね。

 また、白雨の時の空の特徴もしっかりと描かれています。積乱雲特有の重たく黒い空が、画面の上部を縁取るような黒い線を引くことで、表現されています。さらに、雨や湿度によって遠くほど見えにくくなる様が、木々のグラデーションで丁寧に描かれています。

 単に「白雨」という情報を伝えているのではなく、雨の勢い、雲・空の特徴、人々の行動などなど、その時の雰囲気を生き生きと伝えるためのすべての要素が詰め込まれているのです。