かつて日本が世界に誇ったモノづくり産業の威光は、いまや風前の灯である。その原因はどこにあるのか。筆者は、経済産業省において自動車産業、エレクトロニクス産業を中心に、様々な産業界と日々接し、意見交換を重ねてきた。また過去には、自動車用リチウムイオン電池の技術開発プロジェクトを始め、スマートハウス実証プロジェクト、スマートコミュニティ地域実証プロジェクト(日本版スマートグリッドの実証)など数多くの国家プロジェクトの立ち上げにも深く関わってきた。その経験から、日本のモノづくり産業が勢いを失った真の原因は、単なる「戦略ミス」ではないと考えている。なお、本稿の内容はあくまで筆者の個人的な見解であり、経済産業省や日本政府を代表するものではない。(文/伊藤慎介)
経済産業省製造産業局航空機武器宇宙産業課課長補佐。1973年生まれ。京都大学大学院工学研究科電気工学専攻を卒業後、99年4月に通商産業省(現経済産業省)に入省。2005~07年に自動車課において燃費基準の策定・改訂、新世代自動車の戦略策定、次世代自動車用電池の開発目標策定などを担当。その後、07年からは情報経済課においてスマートグリッド、スマートコミュニティの戦略立案・関連プロジェクトの企画・実施などを担当。10年には戦略輸出室/クールジャパンにて海外展開に向けたインフラ、まちづくりの戦略立案・実施などに従事。11年より現職。
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大企業が抱える
深刻な問題とは
苦戦しているモノづくり産業の代表格として、半導体、パソコン、携帯電話、液晶テレビなどのエレクトロニクス産業が挙げられる。だが、この2~3年で、かつて世界市場で圧倒的競争力を誇っていた太陽電池やリチウムイオン電池、発電プラント、鉄道、自動車などでも、欧米のみならず新興国メーカー、とりわけアジア勢との激しい競争の実態が取り上げられるようになった。
なぜ、こうも日本のモノづくり産業は衰退してしまったのか。その理由として、筆者は単なる「戦略ミス」ではなく、各社が患っている深刻な“心”の問題に原因があると考えている。
つまり、戦略ミスを“頭”の問題とすれば、組織が従業員に独創的な取り組みを許さないことが“心”の問題であり、そのことの方が“頭”の問題以上に深刻だと感じている。
どこかでの聞きかじりの話だが、かの有名な彫刻家であるミケランジェロは、道端で見かけた石ころを見て、「石の中に女神が隠れている」といって、その石から女神を彫り出したという。
ミケランジェロが行った行為こそがモノづくりの原点ではないだろうか。すなわち、モノづくりとは、姿かたちのない材料から、手足と想像力を駆使して、人間にとって意味のある「何か」を生み出す行為だったのではないか、と。