そういう組織においては、熱意、思い、責任感、使命感などがほとんど感じられない「サラリーマン」的発想力、行動様式の人たちが支配的になる。仕事柄、大企業の方々とお付き合いする機会が多いが、残念ながら最近はそういう姿勢の人たちに遭遇することが多くなったように感じる。

「サラリーマン」的発想力、行動様式の人たちと対極にいるのがジョブズ氏のような存在だ。筆者はそうした人材を「公私混同人材」と呼んでいる。

 公私混同とは、公的な行為と私的な利益を混在させるという悪い意味で使われる表現であるが、筆者はあえて異なる意味で使い始めている。

 すなわち、「公私混同」とは、“私”として実現したい何かがあり、それを公的な役割である「職業」を通して実現しようとすることと再定義している。

 企業人であれば、消費者として実現したいモノやサービスがあり、職業を通してそれを実現することだ。政治家や役人であれば、市民や国民として実現したい社会像があり、職業を通してそれを実現することを指す。

 つまり、個人としての夢があり、職業を通してそれを実現するという、我々が子どもの時には当たり前のように考えていたことなのだ。

 そして、このような「公私混同」を実際に組織や社会の中で実現しようと行動している人材が「公私混同人材」だ。

 ところが、今のモノづくり産業は、この「公私混同人材」を活かし、自社の競争力に結びつけることができているだろうか。実際には、死蔵させているケースが大半だと筆者は考えている。

 組織的うつ病にかかっている会社において、公私混同人材がやろうとすることは将来の見えないリスク要因と判断され、世の中にない独創的な商品やサービスのアイデアは実現することなく死蔵されてしまう。しかし、世界にない先端技術を次々と生み出すようになった我が国にとって、この組織的うつ病の蔓延はモノづくり産業の競争力に深刻な影響を与えはじめていると危惧している。

「組織的うつ病」に蝕まれてしまったことによって、公私混同人材を死蔵させてしまう――。筆者は、これこそが、日本のモノづくりの衰退を招いた真の原因だと考えている。