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大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

大川小検証委で遺族が初めて意見陳述
第2回会合でも見えてこない検証の行く末

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第22回】 2013年5月2日
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遺族3人が、検証委員の前で意見陳述をした
Photo by Yoriko Kato

 多くの児童や教師が学校管理下で、東日本大震災の津波の犠牲になった大川小学校。あれから2年が過ぎた3月21日、第2回大川小学校事故検証委員会が、宮城県石巻合同庁舎の大会議室で行われた。

 今回の委員会では、児童の遺族3人が初めて、検証委員たちの前で意見を陳述。遺族3人は顔と名前を出して、これまでの思いを切々と訴えた。

 また、事務局から、遺族らへの個別面談やアンケートの結果、今後の調査・分析に向けた論点整理などの資料が配布された。

 これを受けて、同検証委員会の室崎益輝委員長は、震災後の「市教育委員会などの事後対応」についても検証していく方針を初めて明言。遺族の思いに一歩寄り添う姿勢を見せた。

 その一方で、委員会が2回終わった現段階でも、結局、いったい何が話し合われて、何が決まったのか、要点がよくわからなかったような印象も受けた。それは、議事録を読み返したいまでも変わらない。

「市教委は震災前から何も変わらない」
子どもを亡くした遺族たちの訴え

涙ながらに「代われるものなら代わってあげたかった」とを話した今野ひとみさん Photo by Y.K.

 今回の議事のメインは、遺族からの意見陳述だ。まず、当時小学6年生の大輔君を亡くした母親の今野ひとみさん(42歳)は、検証委員たちに向かって、こう訴えた。

 「息子が当時6年生だったので、周囲の状況や、様子や情報から、自分が置かれている状況を把握し、早くから『山へ逃げたい』と先生に訴えていたと、生存している息子の同級生から聞きました。子どもたちは人間の本能で、逃げるべき、高いところに上がるべきだということを十分に知っていたのです。このままでは自分が死ぬとわかっていながら、寒い寒い雪の降る校庭で、50分間の時間を過ごしていたときの恐怖…。代われるものなら代わってやりたかったと、いまも泣いている日々です」

 続いて陳述したのは、当時小学3年生の娘・未㮈(みな)さんを亡くした只野英昭さん(42歳)。同じく学校にいた当時5年生の息子・哲也君は生還している。

 「石巻市の教育委員会は、生き残った子どもたちに聴き取りを行いましたが、実に乱暴で、私の承諾も得ずに息子の聴き取りを行いました。息子が話したこと、聞かれたこと、問題になっている子どもたちが山に逃げようと先生に訴えた言葉ですら、なかったことにされた。息子は指導主事の先生に、確かに、『6年生の男の子が山に逃げようって言っていたようだけど、それって本当?』という質問に、息子は『はい!』と答えたはずだと言っているのに…」

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。この世界でも例を見ない「惨事」について、震災から1年経った今、これまで伏せられてきた“真実”がついに解き明かされようとしている。この連載では、大川小学校の“真実”を明らかにするとともに、子どもの命を守るためにあるべき安心・安全な学校の管理体制を考える。

「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~」

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