プロ野球の祭典・オールスターゲーム。年に一度のビッグイベントが7月22日、福島県いわき市で行われる。「震災があったから。“かわいそう”だから?」と考えがちだが、そこには、知られざる歴史的必然性があった。(取材・文・撮影/ジャーナリスト 馬路 雄〈ばろ・ゆう〉)
プロ野球の祭典・オールスターゲーム。名選手が共演する、年に一度の日本野球界のビッグイベントだ。それが7月22日、福島県いわき市で行われるという。だが、かつて夏の甲子園で準優勝し、人気野球漫画「ドカベン」のモデルとなった「磐城高校」くらいしか思い浮かばす、首をひねった。なぜ今、いわきで――? 「震災があったから」と思って取材を進めたら、そうじゃなかった。「かわいそうだから」じゃなかった。そこで見えてきたのは、戦後産業史と野球の意外な関係性。そして、復興に向かういわきでオールスターが行われる背景にある、知られざる歴史的必然性だった。
ダイナマイトで球場作り
「球場を作るのにダイナマイトを使っていました。山を切り崩しながら球場の形になっていきました。練習している時にも『これから発破だから』って一旦中止。脇に隠れて、ドーンって音がするのを聞いてたみたいですよ」
いわき市内の小学生から社会人までの野球組織を束ねる「いわきベースボールコミュニケーション(IBC)」の出澤政雄代表(86)は、市内唯一の野球専用の「浅貝球場」ができた昭和20年代を振り返った。
筆者がいわき市で開かれた「ジャーナリストキャンプ福島」に参加し、取材テーマを探す中で、つかんだのがオールスターの開催だった。元高校球児で野球好きの身としては興味津々。選ばれた裏側を知りたいと思い、手当たり次第に関係者に取材を申し込んだ。
爆薬での野球場建設とは過激にも思えるが、両者を結びつけたのが「炭鉱」だった。いわきは、安政4(1857)年の開鉱以来、本州最大の「常磐炭田」の中心地として栄えた。最盛期の昭和26年は炭鉱数が83、就業者数が約2万2600人に上り、石炭城下町として発展した。炭鉱ゆえに、発破のための機材も技術者もいたのだという。