実質と名目の混同

 アベノミクスの効果を判断するうえで、金利の動きが非常に重要になってきた。しかし、世の中の議論には名目金利と実質金利を混同したものが多い。専門家と言われる経済学者やエコノミストのなかにも、そうした混同をする人がいて、間違った議論が横行しているのだ。

 世の中に横行している議論には以下のようなものがある。

――物価上昇期待が進めば国債の利回りである長期金利が上がっていくだろう。長期金利がいまの1%から2%程度に上がっただけで、政府債務の金利負担は膨れ上がり、財政運営は大変なことになるだろう。

――金利が上昇していけば、不動産価格や株価は下がっていくだろう。

――金利が上昇すれば、銀行の抱える国債の価格が下がるので、銀行のバランスシートが毀損してしまい、銀行の経営は大変なことになるだろう。

――金利が上昇すれば、企業の投資などにもマイナスの影響が及び、景気の足を引っ張るだろう。

 これらの議論で問題なのは、そもそも名目金利を想定しているのか、実質金利を想定しているのかが明確でない点だ。一番目の議論では、物価が上昇していけば金利も上がると言っているので、明らかに名目金利のことを指しているはずだ。他の議論も名目金利を指していると見てよいだろう。しかし、もしそうだとすれば、ここにある議論はすべて間違いということになる。

名目金利上昇で政府財政は大変なことになるのか?

 たとえば、将来的に物価上昇率が2%程度、名目金利が2.5%になると想定しよう。この場合、実質金利は0.5%である。安倍政権が発足する少し前には、名目金利は1%程度、物価上昇率はマイナス0.5%程度だったので、実質金利は1.5%であった。想定した物価上昇によって、名目金利は1.5%程度上昇するが、実質金利は1%程度下落することになる。

 こうした名目金利の上昇(実質金利の下落)は、政府の財政運営を難しくするどころか、むしろ助けになるはずである。政府の債務状況を見るための重要な指標は、債務の絶対額ではなく、債務がGDP比でどれだけあるのかということだ。現時点では、この公的債務の対GDP比が200%を超えている。その意味で、日本の財政は危機的な状況なのである。

 名目金利の上昇は、国債の利払い費を増やしてしまう。すでに発行されている国債の利払いに影響するわけではないが、将来、それをより高い金利で借り換える必要があるので、それ以降の国債の利払いが増えていくのだ。そして、これは債務/GDPという比率の分子を増やすことになる。しかし、もし物価が上昇していけば、それは名目GDPを増やす。つまり、この比率の分母を増やす結果になる。