高級家具大手の株式会社カッシーナ・イクスシー(以下、カッシーナ社)は、2007年12月期に103億円あった売上高が僅か4年の間に半減し、2010年12月期には3期連続で経常赤字を記録するという深刻な経営不振の状態に陥っていた。2010年末に同社の再建を託されたのが日本では数少ない「プロの経営者」の一人である森康洋氏。森氏は万年赤字体質のカッシーナ社をたった1年で黒字化し、借入金を半減させることに成功。そんな同氏が会計やファイナンスをどう活用しながらカッシーナ社の再建を果たしたのか、『あわせて学ぶ会計&ファイナンス入門講座』の著者が迫った。

結局、キャッシュフローは「粗利率」と「在庫回転率」で決まるんですよ

田中 衣・食・住と社長をやる会社が変わっていくにつれて、必要な会計とファイナンスのエッセンスって違うものですか?

 それは違いますね。

田中 例えば、どういうところでしょう?

森 康洋(もり やすひろ)
株式会社カッシーナ・イクスシー 代表取締役社長執行役員 1955年7月15日生 慶応大学法学部卒業 株式会社レナウンで米国法人社長、本社執行役員を務めた後、株式会社アクタス代表取締役社長、株式会社グレープストーン常務取締役を経て、2010年11月、株式会社カッシーナ・イクスシー執行役員副社長に就任、2011年3月より現職。慶応大学では体育会ラグビー部で活躍。

 やはり在庫回転率が全然違いますよ。というのも、食料品のビジネスはキャッシュフローがとても早く回りますよね。毎日口に入れて消化されていくわけですから。当社の家具など耐久消費財は、買い替えるのは何年かに一度です。ですから、そんなに回転しません。アパレルは春夏秋冬の季節で変わるから、その中間ぐらいでしょうか。例えば、前にいた会社は、売上が月20億あっても、月末在庫なんて1億円ぐらいしかないわけですよ。しかもその中身は原材料で製品在庫はゼロ。当社は月間4億から6億円の売上に対して、在庫が10億円もありますよ。これは商材の違いに起因しています。

田中 在庫以外ではどうでしょう?

 粗利率が違います。ラグジュアリーブランドとユニクロでは、圧倒的に粗利率が違います。ルイ・ヴィトンのバッグの原価率はいくらですか?というお話しですよ。

田中 塩化ビニールの原価って安いですもんね(笑)。

 結局、キャッシュフローは、「粗利率」と「在庫回転率」で決まるんですよ。

田中 それでは、森さんがこのカッシーナ社を仮に卒業されて、ほかの会社の社長をやってくれと言われたときに、この業種ならできるとか、できないとか、そういう得手不得手というものはありますか?

 特にありませんね。衣食住にかかわるビジネスなら何でもできると思います。

田中 ところで、森さんは、社長として、原価の中身をどこまで見ていらっしゃいますか?

 家具でもお菓子でもアパレルでも同じですが、原価計算は机上で行うものではなく、自分で必ず製造現場を見に行って理解するようにしています。コスト構造の中身を教えなさい、と聞くんですよ。

田中 会計やファイナンスに対する関心とか理解度というのは、経営者によって全然違うんですよ。日本では数少ないプロの経営者である森さんは、どんな姿勢かなぁと思いましてお聞きしてみました。

 経営者というのは、マーケティング、人事、営業、マーチャンダイジング、ファイナンス、全部のプロでなければできませんかというと、そんなことはありません。社長がどこまで知っているかということは重要ではないと思うんですね。それはもちろん知っていたほうがいいに決まっていますが。

田中 知識よりリーダーシップの方が大切ということですか?

 ダメになった会社を再生するといっても、いろんな方法があるわけですよ。ですから、私は私なりのやり方をただやっただけで、違う人が来たら違うことをやっていたと思いますよ。リーダーシップにもいろんな型があるわけですから。カリスマ型から調整型の人もいます。私みたいに変革が好きな人もいますし。私は毎年同じことの繰り返しが嫌なんですよ(笑)。どれが正しいというのは、ないと思うんですよね。それぞれの持ち味があっていいじゃないですか。ただ、ダメになった会社に共通しているのは、社員のモチベーションが低いということですよ。負け犬根性が染みついています。だから、そこを直してあげるだけでもずいぶん違いますよ。