なぜ、紙の雑誌そのままの
レイアウトではないのか?

本記事の前編で紹介した電子マガジンの「週刊ダイヤモンド 特集BOOKS」「週刊東洋経済eビジネス新書」「WIRED Single Stories」は、いずれも「リフロー型」のレイアウトになっている。

 リフロー型とは、使用する端末によって文字のサイズやレイアウトを最適化して「流し込み表示」する方式で、雑誌のオリジナルのレイアウトでは表示しない。単一ページずつ読むことを想定したつくりで、見開き表示にできなくもないが、図表が本文とは別になっていることが多く、見開きにする意味がそもそもあまりない。

 しかしもともと、雑誌記事は見開きのレイアウトに写真や図表を文章と組み合わせ、パノラマ的迫力で読ませることが本領であるはずだ。それが魅力の源泉の1つなのに、なぜ、電子でも同じことをやらないのか?

 これには、電子書籍ストア側の事情が大きい。先に述べたkoboやKindleをはじめ、読書端末は多種多様だ。iPadでも読めなくてはならないし、Androidスマートフォンにも対応する必要がある。そして読書シーンは多くの場合に、端末を片手で持ってというものだ。

 そうした状況でサクサク読むには、見開きより単一ページがいい。また、端末ごとに画面サイズが違い、凝ったレイアウトにしても崩れてしまうという事情もある。だからあくまでテキスト主体にして、端末の画面に適した文字数で読みやすく表示することに徹しているのだ。

 とは言うものの、拡大縮小の自由自在なPDFという便利なフォーマットもある。PDFを用いることで、雑誌そのままの版面固定型のレイアウトにこだわったのが、山と溪谷社だ。

電子書籍時代を雑誌はどう生き延びるのか<br />――電子化はバックナンバーを活性化させる(後編)『山と溪谷 登山者のためのセルフレスキュー講座』は、山と溪谷社サイトで525円。PDFファイルで51ページだ

 同社が「ヤマケイ・デジタルブックレット」をリリースしたのは2012年3月15日。月刊「山と溪谷」の過去記事から人気連載や、登山コースガイドを地域別にまとめたものを売り出した。ごく一部のタイトルはアマゾンでも販売したが、基本的には自社サイトでCLUB YAMAKEI会員向けに販売する手法をとった。

 言うまでもなくアマゾンの集客力は大きい。単純な売り上げでは大きな差がつくことは承知の上だった。しかしもともと、利益が目当ての事業ではない。ヤマケイというブランドの間口を広げるため、という点では他誌レーベルの狙いにも通じるが、「山と溪谷」はより趣味性が高く、読者の忠誠心も強い。だから新規層の取り込みよりは、固定ファンに多様な選択肢を提供することでより根強いファンになってもらいたい、そのための試みとして、このレーベルをリリースしたのだ。

「登山がマイブームになり、ヤマケイに手を伸ばす方が多いようです。そしていったん買い始めると、3年ほどは続けてお読みになりますね」(山と溪谷社 Yamakei Online部 部長の神谷有二氏)という。そうして買いためた本誌から、お気に入りの記事を集めて残したいという声も多い。そんな読者ニーズを考えれば、文字中心のリフロー型のコンテンツよりも、求められるのはパソコンに保存できる記事アーカイブだ。

 だからこそ、アマゾンではなく自社サイトでのPDFによる提供にこだわったのだ。PDFなら、本誌そのままのレイアウトで写真や地図も載せられる。そしてパソコンなら、見開き表示で文字まで読める。

「ヤマケイ・デジタルブックレット」は読者サービスの一環として試験的に実施したもので、現在ではほぼ展開を終了している。なお山と溪谷社では、EPUBファイルによる無料マガジン「週刊ヤマケイ」を配信してもいる。紙の本誌とデジタルによる付随サービスのあり方として、こちらも興味深い。