そもそも企業は、何のためにパーパスを規定するのか

――伊神さんと山口さんは、電通のBX(ビジネス・トランスフォーメーション)部門で、顧客企業の事業変革のためのブランディングを支援するコンサルティングを担当しています。事業変革のためのブランディングプログラム「Branding For Growth」も提供されています。最近、実際に顧客企業から寄せられる悩みや課題にはどのような傾向がありますか。

伊神 日本では数年前から、自社のパーパス(存在意義)やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を規定する企業が増えています。

しかし、私がご相談をお受けする体感で申し上げると、パーパスやMVVを掲げた企業の半分ぐらいは「社内や社外にあまり浸透していないのではないか」と感じておられるようです。

また、掲げた理想がどんなに素晴らしいものだったとしても、従業員は「パーパスに沿って何をしたらいいのか」ということがよく分からず、日常の業務や行動に反映されないという悩みを抱えておられる企業も少なくありません。

その点、田中先生は、この問題の本質はどこにあると思われますか。

田中 同じような企業の悩みは、私もよく耳にします。この問題を考えるに当たっては、まず「そもそも企業は、何のためにパーパスを規定するのか」という根源的な問いに立ち返ってみる必要があります。

山口 まさに、目的を明確にするのは非常に重要ですね。実際には、パーパスを掲げても発信にとどまり、自社でどう機能させ、従業員の日々の行動につなげていくかまで整理し切れていないケースも少なくありません。 その結果、現場の意思決定や行動と結び付かず、結果的に“絵に描いた餅”になってしまうのかもしれません。

では、企業は何のためにパーパスを規定するのでしょうか。田中先生のお考えをお聞かせください。

田中 企業がパーパスを規定する目的は、大きく四つあると考えています。

パーパスの先をつくり、事業変革を「やり抜く」ためのブランド戦略とは何か中央大学 名誉教授(マーケティング論、ブランド論)、東京大学 経済学部講師、京都大学 博士(経済学)
田中 洋

一つ目は、「ステークホルダーからの信頼を得る」ためです。特に株主からの短期的利益の要求に対して、企業への信頼へと変えるためにパーパスを規定することは有効だと思います。「足元の業績は悪くても、掲げたパーパスに沿って長期的に成長するための布石を打っている」と説明できるからです。例えば、ある世界的プラットフォームの創業者は、創業時に事業の赤字という事態に対して、顧客中心主義の立場を短期的収益を求める株主に表明しています。これはパーパスの先駆的な事例といってもよいと思います。

二つ目のパーパスの目的は、「組織メンバーの意識の方向性を統一する」ことです。ここで言う組織メンバーには、従業員だけでなく取引先なども含みます。

全ての組織メンバーが一つのパーパスを共有することで、組織としてどちらを向いて仕事をしたらよいかが明確になります。これは、あらゆる企業にとって意義のある取り組みですが、まだ組織としての安定感が確立されていない初期段階のスタートアップなどには、特に有効だといえます。なぜかといえば、スタートアップの初期には事業の目的を理解できていない従業員や共同事業者が離反してしまいがちだからです。あるリゾート会社のトップは、初期に事業のコンセプトとして、私たちの仕事はリゾート運営の達人になることだ、という形で示しました。これもパーパスの先駆的な事例だと思います。

三つ目は、「顧客に対して自社の姿勢を明確にする」ことです。これは企業ブランディングに近い考え方です。提供する製品・サービスや事業活動に関して、「なぜ、われわれはそれを提供するのか」「なぜ、それに取り組むのか」ということを分かりやすく発信するようなパーパスが求められます。後に述べる電機メーカーの事例がそれに当たります。

そして、四つ目の目的は、「従業員の行動の指針」とするため。会社の一員として、「何を大切にし、どう行動すべきか」ということを考えてもらうためのよりどころとして、パーパスを規定することです。いろいろ挙げましたが、この四つ目こそが、企業がパーパスを規定する目的の中で、最も重要ではないかと考えます。

例えば、ある米国大手企業グループの「行動指針」は非常に有名ですが、実際に働いている人に聞いても「とても役に立つ」と言っています。そこには「顧客、従業員、地域社会、株主」という優先順位が明確に書かれているからです。だからこそ、何か重大な事態や事件が起きた際に、莫大なコストがかかっても、現場は迷うことなく「顧客」を最優先にした判断が行えます。それが信用やブランド力にもつながる。正しいことだけでなく、「現場の意思決定で使える基準」になっているかが重要なのです。

「正しいこと」を言われても、従業員は動かない

――「従業員の行動の指針」とすることが、パーパスの重要な目的の一つだというお話でした。冒頭の話に戻ると、多くの企業はその目的が果たされておらず、パーパスが従業員の行動変容に結び付いていないことに悩んでいるわけですね。

伊神 まさにその通りです。これは、従業員の行動変容や事業変革といったBX(ビジネス・トランスフォーメーション)を促すため、パーパスやMVVの策定などのブランディングをお手伝いしているわれわれも、常日頃から悩ましく感じている点です。

パーパスの先をつくり、事業変革を「やり抜く」ためのブランド戦略とは何か電通 第2ビジネス・トランスフォーメーション局 グロース・ブランディング部長 ビジネス・デザイナー
伊神 崇

――なぜ、パーパスを規定しても、従業員の行動変容になかなか結び付かないのでしょうか。

田中 いろいろな原因が考えられますが、最大の問題は、掲げるパーパスの多くがあまりにも「正し過ぎる」からではないでしょうか。

例えば、「幸福」や「環境」をキーワードとしたパーパスをよく目にします。これらは誰もが納得する「正しいこと」で、こうしたパーパスを掲げることは良いことです。しかし、先ほど申し上げた従業員の現場の判断にもう少し役立つパーパスがあってもよいように思います。

そもそも人間は、「正しいこと」だけを言われても動かない動物です。論理だけでなく、エモーショナルな言葉や体験などによって、感情を刺激されて動く生き物なのです。

ですから、パーパスの規定に当たっては、「正しいこと」だけではなく、いかに従業員の心を動かせる言葉を選ぶかが大事であるといえます。

山口 とても興味深い視点ですね。実は「正し過ぎる」ことの弊害は、多くの企業で見られ、私もその通りだと思います。

特に私が問題だと感じるのは、「正しいこと」を言おうとすると、どの会社のパーパスも似たり寄ったりになってしまうことです。先ほど田中先生が例に挙げた「幸福」とか「環境」をキーワードにしたパーパスは、いずれも重要なテーマではありますが、結果として多くの企業で同じような表現に寄ってしまっている印象があります。

これらを広告のコピーや雑誌の見出しに例えるならば、どうしても表現が似通いやすく、ずばり「刺さりにくい」のです。

さらに、こうした大きな社会課題を掲げるほど、従業員にとっては日々の業務との距離が生まれ、「自分たちは何をすべきか」が見えにくくなってしまう側面もあります。

伊神 われわれ電通は、顧客企業の理念を従業員の行動変容に結び付けるため、既存のパーパスの“解像度”を上げ、“解釈”を加えていくお手伝いもさせていただいています。

パーパス自体は「正しいこと」だけを言い表しているにすぎないとしても、「こんな行動によって体現しましょう」という丁寧な“解釈”を付け加えれば、行動の指針としての役割を補強することができます。

さらに私たちが重視しているのが、その行動を「習慣化」させることです。意識を変えるだけでなく、日々の業務や評価などに仕組みとして組み込み、社員が無理をしてコストをかけなくても、当たり前のように新しい行動が回っていく状態をつくる。習慣化は、行動の積み重ねになっていくことから、この「習慣化」まで伴走することが、結果的に事業成長につながると考えています。

パーパスが奉られ過ぎると、むしろ軽視の対象になりかねない

――田中先生は、企業がパーパスを規定する上で、他にどんな点が重要だとお考えですか。

田中 パーパスとは文字通り、企業としての「存在意義」であり、目指すべき方向性を指し示しているものだといえます。

ところが、他の企業との“横並び”を意識してか、パーパスが企業の目指す方向性と一致していないケースが珍しくありません。

仮に、経営環境の変化に対応して事業変革を推し進めたいと考えるのなら、その方向性にしっかりと沿ったパーパスを規定すべきだと思います。

伊神 今日のようにビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変化する時代には、変革の方向性もどんどん様変わりするはずです。一度決めてしまったパーパスは、そう簡単には変えられないと思うかもしれませんが、方向性の変化に応じて“解釈” を変えて捉え直してみたり、あまりにも大きな変化が起こったときには、パーパスそのものを大胆に変えたりする柔軟性が必要ではないでしょうか。

パーパスの先をつくり、事業変革を「やり抜く」ためのブランド戦略とは何か電通 第2ビジネス・トランスフォーメーション局 グロース・ブランディング部 シニアコンサルタント
山口久子

山口 パーパスがあまりにも奉られ過ぎると、従業員から「あくまで理想であって、普段の業務には直接関係ない」と軽視されてしまう恐れがあります。環境変化に合わせて継続的に見直しを行っていかないと、現場の意思決定から切り離された存在になりかねません。

一方で、株主や顧客などのステークホルダーは、田中先生がおっしゃるように「事業変革の方向性」としてパーパスを見ているのですから、その時々の経営環境や戦略にひも付いた“解釈”を込めて対外発信していくことは重要でしょうね。

田中 アルフレッド・チャンドラー教授の「組織は戦略に従う」という経営学の古典的な名言がありますが、それに倣って言えば、私は「パーパスは戦略に従う」べきだと考えます。

例えば、ある大手電機メーカーは、思い切って「総合電機」メーカーから脱却し、「社会インフラをITで動かす事業」へと大きくかじを切って成功しています。このように国内外の大企業でも市場や経営環境の大きな変化に伴い、業態や事業構造を大きく変えて成功する企業は少なくありません。これらの成功要因は明らかで、事業変革の方向性(戦略)が明確だからこそ、パーパスが社内外に腹落ちするのです。

「パーパスありき」ではなく、まずは会社として「何をすべきか」「どこに向かうべきか」を考えてから、その目的や方向性を言語化すべきなのです。

山口 戦略やパーパスを再定義する際、自分たちでは気付かない「企業のDNA(らしさ)」を再発見することも重要です。実際に企業の方にヒアリングをすると、皆さんはいろいろと「石橋をたたいて渡る会社」「走りながら考える会社」などと、何げなく自社のことを語られることがあります(笑)。

しかし外部の私たちから見れば、それらは大きな特長です。「石橋をたたいて渡る社風」ならば、「安全対策やリスク管理に強い組織」であり、「走りながら考える社風」は「挑戦を恐れず、変化への対応力が高い組織」でもあるわけです。これらはその企業さまの大きな強みであり、変革を推進する強力な武器(DNA)になります。客観的な視点で強みを言語化し、それを変革の推進力としてどう行動につなげるかを伝えることも、私たちの重要な役割です。

――最後に、パーパス経営がうまくいかないと悩んでおられる経営者に、ひと言ずつメッセージをお願いします。

田中 パーパスが従業員の行動変容に結び付かないのは、掲げられている理想と現実の行動の間にギャップがあるからです。まずは、なぜ結び付かないのかという現状をしっかり分析し、電通のような外部からのアドバイスも受けながら、最後は経営者がリーダーシップを発揮して行動変容を促していくべきだと思います。

案件や条件にもよるとは思いますが、これまでの一般的な大手コンサルティングファームでは、短期的に課題解決の処方箋を出して帰ってしまうこと(ディップイン・ディップアウト)が多いと聞きます。その反省もあって、最近は「伴走コンサル」を標榜するコンサルティングファームも増えています。その中でも電通は、組織の中に入り込み、親身になってヒアリングを繰り返して本質的な悩みや課題を見つけ、行動が定着するまで寄り添うエグゼキューションに長けていると思います。

パーパスの先をつくり、事業変革を「やり抜く」ためのブランド戦略とは何か田中氏からは「パーパスが従業員の行動変容に結び付かないのは、掲げられている理想と現実の行動の間にギャップがあるから」との指摘があった

山口 先生におっしゃっていただき恐縮ですが、まさにそこが私たちの強みです。われわれ電通は、企業広告をはじめとするアウター(社外)向けのブランディングで豊富な実績を持っています。その知見やノウハウはインナー(社内)向けのブランディングにも応用可能で、実際にパーパスを起点として従業員の気持ちを動かすだけでなく、日々の意思決定や行動まで変えていく仕組み作りなどのお手伝いもしています。

伊神 私たちは「戦略を描いて終わり」ではありません。環境変化に応じて常にお客さまと伴走し、組織に新しい行動が根付くまで、親身になって寄り添い続けます。そのご要望にお応えするために事業変革のためのブランディングプログラム「Branding For Growth」を提供しています。事業変革やパーパスの浸透に悩んでおられる経営者の方は、ぜひ私たちにご相談いただきたいですね。

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