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田岡俊次の戦略目からウロコ

次の焦点は東ウクライナの分離・編入運動
世界恐慌回避はロシア系住民の自制心頼み

田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]
【第25回】 2014年4月3日
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今回のクリミアのロシアへの編入事件で注目されるのは、同地駐屯のウクライナ軍部隊が全く無抵抗でクリミアの親露派に降伏したことだ。住民投票でもロシア編入賛成が9割以上を占めた。その理由はウクライナ・クリミアの歴史的背景に加え、ロシアについた方が経済的に得という計算が働いたものと思われる。問題は東ウクライナの分離・編入運動にまで広がるかどうかだ。そうなれば米国・西欧は本格的な経済制裁に動かざるを得ず、世界恐慌をも引き起こしかねない。「経済的世界大戦」になるか否かは、ひとえにウクライナのロシア系住民の自制心にかかっているという危険な状態だ。

ナチの領土併合とは違う

 今回のクリミアのウクライナからの分離、ロシアへの編入事件で注目されるのは、本来武力を使ってでも分離・独立を阻止すべき同地駐屯のウクライナ軍部隊が全く無抵抗でクリミアの親露派に降伏したことだ。「発砲するな」との命令が出ていた、との話もあるが、それも奇怪だ。3月18日に1回だけ銃撃が起き、双方に各1名の死者が出たが、これはビルの上から1人の狙撃手が両方に向けて射撃し、戦闘を起こさせようとしたものらしく、ウクライナ西部出身の17歳の少年が逮捕された。それ以上に驚くべきは、クリミアに駐屯していたウクライナ軍将兵1万8800人のうち、本土へ戻って軍務に就くことを望んだ者が僅か4300人(ウクライナ側発表)、ロシア側の報道では約2000人にすぎなかったことだ。一方ロシア軍に入隊を希望した者は1万人以上、と報じられる。3月1日にウクライナ暫定政権が任命した海軍総司令官デニス・ベレゾフスキー少将が、翌2日にクリミアを「視察」に訪れ、クリミア側への寝返りを表明したことも史上まれな珍事態だ。

 無抵抗で合併が行われた例としては、第2次世界大戦の前年1938年3月のドイツによるオーストリア併合や、同年10月チェコスロバキアのズデーテン(ドイツ人居住地域)進駐、のち全土併合、などの例がある。だが、ヒトラーはオーストリアが行おうとした合併の賛否を問う国民投票を蹴って軍をウィーンに入れ、チェコでも国民投票をさせずに占領した。今回はロシア軍が大挙侵攻して制圧したと言うよりは、「本土復帰」の側面がある。クリミアの住民の大半はロシア系かあるいはロシア語を日常的に使っている住民で、1783年(米国独立戦争終了の年)以来ロシア領だったクリミアを1954年に同地出身のフルシチョフ第1書記がウクライナに所属変えしたことに不満があり、親露派の「自警団」(民兵)が主体となって反旗を翻し、住民投票で合併を決めた点でドイツのオーストリア、チェコ併合と異なっている。

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田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]

1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、編集委員、筑波大学客員教授などを歴任。動画サイト「デモクラTV」レギュラーコメンテーター。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。


田岡俊次の戦略目からウロコ

中国を始めとする新興国の台頭によって、世界の軍事・安全保障の枠組みは不安定な時期に入っている。日本を代表する軍事ジャーナリストの田岡氏が、独自の視点で、世に流布されている軍事・安全保障の常識を覆す。さらに、ビジネスにも役立つ戦略的思考法にも言及する。

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