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相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

いち早く芸術家ら「人」を誘致、人が人を呼んで
気がつけば神奈川県旧藤野町はエコビレッジに

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第91回】 2014年4月15日
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「西の神山、東の藤野」
芸術を柱に“人”を誘致し地域活性化

 芸術家やIT起業家を呼び込み、地元住民との絶妙なコラボレーションで地域を活性化されているのが、徳島県神山町だ(連載72回参照)。民間主導による創造的なまちづくりの努力が実り、神山町は「面白い人達」が集まる「面白い町」となっている。いまや日本一有名な町といっても過言ではない。

 そんな神山町と肩を並べるほどユ二―クな地域が東日本にも存在する。神奈川県の旧藤野町(現在は相模原市緑区)だ。芸術家などの「人」の誘致にいち早く動き、いつしか様々な分野の人材を抱える稀有な地域となった。彼らは地元の人たちとうまく融合し、結果的に地域を活性化させている。

 2007年に相模原市に編入合併したこともあり、藤野の姿は見えにくくなっているが、「西の神山、東の藤野」と呼べるものといえる。

 神奈川県北西部に位置する旧藤野町は、県民の水がめである相模湖を抱える山間の町。東京と山梨に接する県境の地にあり、里山が広がる自然豊かなところ。人口は約1万人。JR中央線高尾駅から2つ先が藤野駅で、新宿から電車で1時間ほど。町の東西を中央高速道と国道20号線が走るなど、交通の便はよく、しかも、都心から近い。そんな藤野の特産品はゆず。ちなみに、神山町の特産はスダチだ。

 豊かな自然と地の利を兼ね備えた藤野に戦時中、著名な芸術家たちが疎開した。藤田嗣治や長与善郎、荻須高徳、伊勢正義、佐藤美子といった人たちだ。彼らの多くがそのまま藤野に住み着き、芸術村を作ろうという夢を語り合ったという。

 こうした歴史的な経緯もあり、藤野町は地域活性化の柱に「芸術」を据えた。「アートの棲むまち」を掲げ、施策を練ったのである。そして、1988年から神奈川県とともに「ふるさと芸術村構想」という事業を開始した。芸術イベントの開催や芸術活動の拠点の建設などである。野外に30作以上もの作品が展示され、訪れる人が増えた。地元の人たちによる芸術活動も公民館を拠点に活発化した。

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相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

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