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嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え
【第9回】 2014年5月16日
著者・コラム紹介バックナンバー
岸見一郎 [哲学者]

トラウマを否定するアドラー心理学が
今なぜ多くの人に求められているのか
宮台真司×神保哲生×岸見一郎 鼎談(前編)

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トラウマの存在を認めない心理学

神保 それでは、まずは大枠の入門的なところだけでも、アドラー心理学とは何かということの説明を岸見先生お願いします。

右から、宮台氏、神保氏、岸見氏。インターネット放送局ビデオニュース・ドットコムのスタジオで行われたトークは非常に盛り上がり、テーマの重要性も鑑みてもう一度行うこととなった(6月に実施予定)。

岸見 ひとことで言うと「過去を振り返らない心理学」ということになります。たとえば、カウンセリングに来られる方の過去のことをどれだけ言っても、何ら今の悩みの解決にはならないでしょう。ただ、ある種の安心にはなるかもしれません。自分のせいではなかったのだ、と。たしかに「あなたのせいではなかったんですよ」とか「他の人に責任を押しつけてもいいんですよ」と言われれば安心はするでしょう。けれど、それではカウンセリングの前と後で、その人の人生は少しも変わらないでしょう。現状維持どころかもっと悪くなるかもしれない。過去に何らかの原因があって、いま何かの症状が出ているということが仮に明らかになったとしても、過去にタイムマシンを使って戻れない限り問題は解決しないのです。
 たとえば、子どもが学校に行かないというケースでお母さんがカウンセリングに来られたとします。そこで「あなたの育て方が悪かった」と言われても絶望して帰るしかないじゃないですか。それはもう過ぎたことだから、とりあえず問題にせずにおこう、というのがアドラー心理学の立場です。
 またトラウマに関して言うと、トラウマによって今の自分が規定されていると考えるのはある意味では楽です。しかし問題の解決がまったく違う方向に向かってしまいかねない。たとえば、ある治療者が大阪の附属池田小学校で無差別殺傷事件が起きたときこういうことを言っていました。自分は怪我などをしていなくても友達が殺されるのを見てしまった子どもたちには、人生の大事な段階において必ず何らかの問題が起こる、と。これはひどいと思います。治療者として絶対に言ってはいけないことでしょう。あのときの子どもたちはそろそろ成人しているはずです。彼や彼女がいたり、結婚したりする年齢です。たとえば付き合っている人とうまくいかないとき、その原因を事件にまで遡るかもしれない。けれど実際には、今目の前のその人との関係が悪いだけであり、それを改善すれば何とかなるはずです。なぜ過去に遡る必要があるのか。過去に遡りトラウマと言い出せば自分の責任が曖昧になります。ある意味都合が良いのかもしれないけれど、そういうことをアドラーは言わないわけです。

神保 過去に原因があるならどうしようもないよね、となりますからね。そのほうが楽ということなのかな。

宮台 「自分は変われない」という人に「それはなぜですか?」と問うと、「私は過去にこういうトラウマを負っているんです。あなたと違って私が変われるわけがないじゃないですか」と自己を免責するんですね。風俗嬢の取材を通じて無数に目撃してきました。

岸見 過去に大きな出来事に遭遇した場合、その影響がまったくないとは言い切れません。もちろんあるでしょう。東日本大震災でも阪神淡路大震災でもかなり悲惨なことがありましたから、影響がなかったとは言いません。ただ、同じ出来事を経験したかたらといって、皆が同じようになるわけではない。そういう決定論から脱している点がアドラー心理学の特徴なのです。

神保 PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような症状はアドラー的にはどのように考えるんですか?

岸見 一緒です。トラウマを否定するので、PTSDも否定します。

神保 では、本当にすごいものを見てしまったので、後からそれがトラウマになっていると思っていても、実はそうではないということですか?

岸見 アドラーは「見かけの因果律」という言葉を使います。AというできごととBという現象のあいだには本来因果関係はない、それにもかかわらず、両者に因果関係があるとみなしたがる人はいます。その際、過去のことや過去に心に傷を受けたことを持ち出すのです。

神保 それは『嫌われる勇気』にも書いてありますが、過去がどうだったかではなく、自分がそれにどのような意味を与えるかが問題だということですね。

宮台 たとえPTSDと言われる症状があるとしても、人は基本的にそうしたものから自由になりたい以上、自由になるために必要な枠組みは、「トラウマゆえにそれが起こった云々」ではまったく足りません。アドラーによれば、トラウマへの意識が、自分がこれからどうするかという志向を、束縛するんです。

神保 「だからどうした」ということですね。

岸見 アドラーは「患者を無責任と依存の地位に置いてはいけない」と言っています。しかし「あなたのせいじゃない」と言えば、患者さんを無責任という地位に置いてしまうのです。

神保 一見楽になるように見えるけれど、問題の解決には寄与しないということですね。

岸見 そうです。しかも、過去の出来事を持ち出してこれが今の悩みの原因ですよという治療者に、患者さんは依存してしまいます。患者さん自身は何も言えないのです。治療者から一方的にこうなんだと言われると、依存関係になってしまう。アドラーはそうしたことも明確に否定しています。

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岸見一郎[哲学者]

きしみ・いちろう/1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や古代哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの“青年”のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。


嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え

フロイト、ユングと並ぶ心理学界の三大巨頭とされながら、日本では無名に近いアルフレッド・アドラー。彼はトラウマの存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善する具体策を示してくれます。まさに村社会的空気のなかで対人関係に悩む日本人にこそ必要な思想と言えるでしょう。本連載では、アドラーの教えのポイントを逐次解説することでわかりやすく伝えます。

「嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え」

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