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アマデウスたち

小川洋子
物言えぬまま倒れた死者たちの遺品

週刊ダイヤモンド編集部
【第97回】 2009年11月4日
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小川洋子
写真 加藤昌人

 小説とは何か――。デビューから20年、探るために書いてきた。若い頃はひたすら自分の内側に眠る何かを探し、表出させようとした。次第に気づいた。ちっぽけで邪悪な人間である私に、探すべきほどの何かなどないことを。作家自身はむしろ空っぽでも構わないのだということを。

 ただ、世界の辺境に置かれ、誰にも認められず、いよいよその縁からこぼれ落ちようとしているものを受け止める、透明な水をたたえたプールのようであればいい。存在を小さくしておけばおくほど、大事なものが見える。喩えていえば、それは物言えぬまま倒れていった死者たちの遺品。書かれるべき物語としてすでに存在していた。

 また、永遠の空間のなかで、一粒の粒子と悟り消えていく人びと。偉大な宇宙には96%の未知の存在があると、ある物理学の教授は言った。有限な人間が、その一部を理解しようと努め、理にかなった美しさにひれ伏し、後世にバトンをつないでいく営み。言葉は不自由で理不尽だが、それでも書きとめておかなければならない――。

 小川洋子の作品は、その思いどおりだ。物語の登場人物は、私はここにいると決して叫ばない。私だけは知っていると、作家は彼に寄り添うように、彼女を癒やすように用心深く言葉を紡いでいく。

 過去を描きながら、社会のにおいを嗅いだときに、普遍性をもって未来を見据えている。100年、200年と生き続ける、すでに古典なのだ。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 遠藤典子)


小川洋子(Yoko Ogawa)●作家 1962年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。88年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞、91年『妊娠カレンダー』で第104回芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞受賞。近著に『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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