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佐高 信の「一人一話」

論敵、櫻井よしことの呉越同舟

佐高 信 [評論家]
【第3回】 2014年9月1日
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 『同い年事典』(黒川祥子著、新潮新書)という本がある。私が生まれた1945年の項には、順に落合恵子、おすぎ&ピーコ、吉永小百合、アウン・サン・スー・チーらが並んでいる。櫻井よしこもそうである。

 あるシンポジウムで同席して「櫻井さんと私は同い年です」と言ったら、「よけいなことは言わなくていいの」と叱られた。

 最近、『民主主義の敵は安倍晋三』(七つ森書館)という対論集を出した私と、安倍の熱烈な支持者である櫻井との間に“交流”があると言ったら驚く人が多いかもしれない。

互いに顔も見たくない二人が
シンポジウムで一緒になって

 前述のシンポジウムまでは、共通の友人の吉永みち子を介して、「彼女の顔がテレビに映ると、即座にチャンネルを替えるか、瞬間的にスイッチを切る」と書いた私に、櫻井が「私だってそうよ」と反応するといった具合に火花を散らしていた。

 日本弁護士連合会主催のそのシンポジウムが行われたのは、1996年の3月である。それが開催される3日ほど前、吉永から電話がかかってきた。

 「みっちゃん、私、イヤ、代わって」と櫻井が悲鳴をあげているというのである。

 私も、よく櫻井が引き受けたな、と思っていたのだが、誰が一緒なのか確かめずに引き受けたらしい。わかったとたんに「イヤ」となったわけである。しかし、もちろん、いまさら変更はできない。

 吉永のアドバイスもあって、私は当日、少し早く行き、控室で隣の椅子を空けて彼女の到着を待った。そして彼女が現れるや「櫻井さん、こっち、こっち」と立ち上って声をかけたのである。

 すると彼女も、吉永に「代わって」と言ったことなどおくびにも出さず、「あぁら、サタカさん、今日は会えるのを楽しみに来ましたのよ」と返した。さすがのキツネとタヌキである。

 以降、時折り連絡し合って対談などをしてきた。当時、私たちは50歳そこそこだったが、興味深かったのは、そのシンポジウムの翌日の報道だった。『産経新聞』が「櫻井よしこ氏ら」で『朝日新聞』が「佐高信氏ら」、そして『読売新聞』が「佐高信氏、櫻井よしこ氏」だったのである。

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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