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双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける
【第3回】 2014年9月17日
著者・コラム紹介バックナンバー
ティム・スペクター,野中香方子

自閉症は、遺伝子のせいなのか?
――一方だけがアスペルガーになった双子の物語

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自閉症は、果たして遺伝子のせいなのか? 遺伝子が関係しているというのなら、いつ、どのようにして、遺伝子は変わってしまうのか?
『双子の遺伝子』が日本でも発売された遺伝疫学の権威が、体重差が27キロある双子、一方だけが乳癌になった双子、ゲイとストレートの双子など、「同じ遺伝子を持ちながら、まったく違う双子」の数奇な運命を通して、長寿やガン治療にも関わる遺伝学の最前線「エピジェネティクス」に迫る連載第3回。自閉症、アスペルガー症候群を取り上げる今回、登場するのは……。

ケヴィンとショーンの場合
――一方だけがアスペルガーになった双子の兄弟

  マーガレットは双子の誕生を心待ちにしながら順調に月を数えていたが、臨月になって妊娠高血圧腎症(一般的な高血圧の合併症)になり、安静を余儀なくされた。1973年2月に、妊娠40週で一卵性双生児の男児を出産した。先に生まれた子をケヴィン、10分後に生まれた子をショーンと名付けた。ふたりとも健康そうに見えた。

 数日後、マーガレットの喜びは不安に代わった。ショーンの具合が悪く、乳を飲もうとしないのだ。激しいてんかんの発作も何度か起きた。医師たちにも理由はわからなかったが、落ち着くまで数週間入院させることを勧められた。6週間後、退院して家に戻ってきたショーンを見て、マーガレットと夫のパトリックは様子がおかしいことに気づいた。ケヴィンは静かで落ち着いているのに、ショーンは異常なほど激しく泣き続けるのだ。

 この双子は、見かけはそっくりでも、周囲への反応の仕方はまるで違っていた。2歳になる頃には、ショーンには障害があることが明らかになっていた。座ることも、物をつかむこともできなかったし、名前を呼ばれても反応しなかった。兄弟と遊ぼうともせず、おもちゃにも興味を示さなかった。唯一、水を入れたペットボトルだけは大好きで、何時間も飽きずに遊んでいた。特定の音楽やレコードに強い興味を持ち、しゃべれる単語は、お気に入りのレコードに関係のある「エルヴィス」だけだった。6歳で「学習障害」と診断され、養護学校に通った。18歳になってようやく、「自閉症」と診断された。

 両親は、最初の数年間、時間もエネルギーもショーンに奪われ、他のことを考える余裕はなかった。ショーンにはひどく悩ませられたため、正常で元気そうなケヴィンと兄のマークが一緒に遊んでいるのを見ると、救われるような気がした。

 しかし、後になって振りかえると、ケヴィンも問題がないわけではなかった。5、6歳を過ぎた頃から、「人と目を合わせようとしないし、道で会った人にあいさつするのも苦手で、何か聞かれても、そっけない返事をするだけでした」とマーガレットは語る。また、小さい頃から異常なほど几帳面で、日に何回も手を洗った。

 そうしたことは慌ただしい家の中では問題視されなかったが、学校では、ケヴィンは苦労した。スポーツをしようとせず、サッカーボールを蹴りつけられても逃げるだけだったので、しょっちゅういじめられた。いじめっ子に集中的に狙われたりもしたため、父親のパトリックがいじめっ子の両親に直談判にいったところ、その子はケヴィンより5つも年下で、背丈は半分ほどしかなかった。

 ケヴィンは教師やクラスメートの気持ちを理解することができず、たびたびトラブルを起こした。「ぼくは小さい頃から、テレビのSFドラマ『スペース1999』(イギリス版『スタートレック』)と、そのヒロインで変身できるエイリアン『マヤ』に夢中だった。録画して何回も見ているうちに、ビデオテープが擦り切れたほどだ。飛行機事故や災害のニュースも大好きだった。アバの曲は歌詞をぜんぶ覚えていたし、今でも覚えているよ」

 学校を卒業すると、テレビや家電製品を売る仕事に就き、数年後に自分の店を持った。順調にやっていたが、ある日ふたりの覆面強盗に押し入られ、ナイフを突きつけられた。それがトラウマになり、ケヴィンは店を閉めた。その後、数年間、うつ状態だったが、やがて新しい仕事を得て、経営者にどなられながらもそこそこうまくやっている。診断と治療に関して何人もの開業医と衝突した後、自閉症者を支援する団体に相談し、ついにケンブリッジ大学のサイモン・バロン=コーエン教授を紹介され、アスペルガー症候群と診断された。

 現在38歳になる彼は、この8年間、認知行動療法を受けながら、自分の問題にうまく対処してきた。彼は自閉症スペクトラム障害(ASD)の患者のための支援団体をスタッフォードシャーに設立し、その資金を調達するために自分の体験を本にして出版した。

 「アスペルガー症候群と診断されたことが人生のターニングポイントだった。ぼくは前向きで、精神的に強い人間だ。表舞台に立つ自信はある。正直なところ、どきどきしているけれど、これをやらなければならないんだ」

 ショーンとケヴィンの話は、双子の物語として珍しいものではない。ふたりが育った1970年代、自閉症に関する一般の認識は低く、正しく診断されることは稀だった。彼らの事例は、遺伝子が自閉症の唯一の原因ではなく、遺伝的に同じでも、結果は大きく異なることを示している。弟は知的障害があり、生活のすべてを人に支えられているが、兄は高機能の自閉症スペクトラム障害で、自立して幸せな人生を送っている。

 出産時の外傷の違いがこうした脳の違いをもたらしたのかもしれないが、胎内にいた頃からすでにショーンに何かが起きて、脳が傷つき、てんかんの発作を起こしやすくなり、それが事態を悪化させた可能性のほうが高い。遺伝子のせいでふたりはそもそも自閉症になりやすかったのだろうが、発達の重要な段階で、何らかの環境要素が働きかけて、遺伝子の機能を変えたのだ。

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ティム・スペクター(Tim Spector) 

ロンドン大学キングス・カレッジの遺伝疫学教授で、ガイズ・アンド・セントトーマス病院の名誉顧問医を務める。同病院の双子児研究所の所長も務めており、1992年に英国で世界最大規模の双子研究(UK・ツイン・レジストリ)を立ち上げ、現在にいたるまで指揮している。この研究の対象となった双子は、11,000人を超える。これまでに500本以上の論文を発表し、数々の賞を受賞。また、英国並びに日本も含む世界各国のメディアが著者らの研究を取り上げており、著者自身も出演、及び監修を務めている。 著書に“Your Genes Unzipped: A Guide to How Your Genetic Inheritance Can Shape Your Life”(邦題:『99%は遺伝子でわかる!』(大和書房))がある。

 

 

野中香方子(のなか・きょうこ) 

(Tim Spector)翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 主な訳書に『エピジェネティクス 操られる遺伝子』『ザ・フォロワーシップ』(ともにダイヤモンド社)、『137億年の物語』『移行化石の発見』(ともに文藝春秋)、『2052 今後40年のグローバル予測』(日経BP社)、『わたしたちの体は寄生虫を欲している』(飛鳥新社)、『脳を鍛えるには運動しかない!』NHK出版)、『ヒトゲノムを解読した男』『生き物たちは3/4が好き』(ともに化学同人)などがある。

 

 


双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

同じ遺伝子を有し、自然界のクローンとも言われる「双子」。
だが、これまでに出会った双子を思い返してみると、
不思議なことに気づかないだろうか?

「果たして双子は、『クローン』と呼べるほど『同じ』なんだろうか?」

体重差が27キロある双子、
一方だけが乳癌になった双子、
ゲイとストレートの双子……。
本連載に登場する、「同じ遺伝子を持ちながらまったく違う(Identically Different)双子」は、
遺伝子だけでは説明できない「何か」の存在を教えてくれる。

このような、遺伝子によらない遺伝の仕組みが、
いまや生物学・遺伝学だけではなく、
長寿や健康、ガン治療などの観点からも注目を集めている「エピジェネティクス」だ。
本連載は、「同じなのに違う」双子の数奇な運命を通して、
遺伝学の最前線を紹介する。

「双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける」

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