オタク、抗うつ剤、ホルモン
――自閉症増加の原因はどこに?

 人間の病気に関する変化の中でも、近年の自閉症の増加ぶりは目を見張るものがあり、その原因について激しく議論されている。

 過去30年間に、アメリカでは自閉症の患者が10倍に増えた。1960年代には1万人の子どものうち4人だったが、現在では、1万人のうち40人が自閉症者なのだ。カリフォルニア州では2006年に、3000人もが新たに自閉症と診断された。1990年の205人とははなはだしい違いである。その後も患者数は増えつづけており、すべてではないが、ほとんどの国で同じことが起きている。この増加のいくらか(おそらく半分)は、診断と医師の見方が変わったためだが、それを省いても、毎年2〜3パーセントは増加しているようだ。この急速な増加と双子の不一致は、これまでの遺伝学では説明できない。一体、何が起きているのだろう。

 これまでの研究から、自閉症の発症には、抗てんかん薬、サリドマイド、妊娠初期のはしか感染、脳性小児まひとの関連が示唆されている。自閉症児の3分の1は、幼い頃に側頭葉てんかんを起こしており、それが脳の発達を損なった可能性はかなり高い。また、最近、出産前の1年間、特に妊娠3ヵ月までにSSRI抗うつ剤(プロザックやゾロフトなど)を服用した母親から生まれた子どもは、自閉症になるリスクが高いことがわかった。しかし、最近の自閉症の急増は、薬の服用だけでは説明しきれない。

 ひとつの仮説は、ハイテク企業やコンピュータ産業が栄えるアメリカ(シリコンバレーやケンブリッジ)とイギリス(ケンブリッジ)で、オタク男性と賢い女性の結婚が増えたことが、その地域で急増する自閉症児の原因だというものだ。この説の実証は難しく、偏見も混じっていそうだが、サイモン・バロン=コーエンが唱えた、「極端な男性脳」説と一致する。この仮説は、「ASD患者は男女差のスペクトルの男性側の端に位置し、(女性が得意とする)感情的あるいは共感的な活動よりも、(男性が得意とする)技術的あるいはシステム化された活動を好む」と主張する。

 現在では、非常にシステム化された知能を備えた男性(「オタク」とも呼ばれる)が、バイオテクノロジー、コンピュータ、電子機器やゲームの分野で成功を収めており、彼らに惹かれる女性も増えている。実際のところ、オタク系の夫をお探しなら、その候補を紹介するサイトはいくらでもあり、その数は増える一方だ(Nerd Passions、Geek 2 Geek、IQcuities、Sweet on Geeksなど)。

 つまりこの仮説が言わんとするところは、オタク系の優秀な男性は、昔なら修道士になって腰高の木の椅子に座り、ラテン語のテキストを書き写したり、カリグラフィ(飾り文字)を書いたりして独身のまま生涯を終えたものだが、現在では社会の最前線で活躍するようになり、その遺伝子が遺伝子プールに戻ってきた、ということだ。そして、彼らと優秀な女性が結婚すれば、極端に男性化した脳を持ち、知能指数も高いが、ASDのリスクも高い男性が生まれる可能性がある、と推測する。このオタク結婚説は、証明も反証も難しいが、いくつかのケースはそれで説明がつくかもしれない。

 ASDの増加をより幅広く説明できるのは、ホルモンである。「極端な男性脳」説は、子宮の羊膜の中にある性ホルモン――特に、胎児と母体の双方が作りだすテストステロン――のレベルは変わりやすく、それが脳に影響する、という見方を助長した。

 ケンブリッジ大学で行われたある研究では、出生時に羊水のサンプルを入手できた635人の子どもを、10年にわたって追跡調査した。すると、羊水のテストステロン・レベルの高さと、軽度のASDの特徴、たとえば、視線を合わせることを避ける、共感力やコミュニケーション能力の欠如といったことの間に、明らかな相関が認められた。