「週刊ダイヤモンド」12月20日号特集「労基署がやってくる!」では、労働災害を隠したがる建設業界の実態を取り上げた。なぜ「労災隠し」はなくならないのか。そもそも、労災はなぜ減らないのか。元労働基準監督官であり、現在は社会保険労務士の資格を持つ安全衛生管理コンサルタントとして活躍する原論氏が、労働基準監督署が目を光らせる業種の一つである建設業界の悪弊に斬り込んだ。(聞き手/ライター 大根田康介)
――建設業界はなぜ労働災害を隠したがるのですか。
複合的な要素がありますが、この業界では「ケガと弁当は自分持ち」という昔からの思想がいまだに消えていません。現場で起きた事故を表面化して労災補償手続きを行うと周囲への影響が大きいからですね。
下請けが事故を起こしても、元請けの労災保険を使わないといけない。大きな工事の場合、労災保険の「メリット制度」により、無事故で終わると保険料の一部が戻ってきますが、事故があれば元請けはその戻りをもらえなくなってしまいます。
それだけではすみません。労働基準監督署に事故を報告すると、災害調査や災害時監督が行われ、指導を受けることにもなる。重大な事故と判断されて送検されると、公共工事における一定期間の指名停止などのペナルティが課せられることもあります。公共工事に依存する中小規模のゼネコンにとって入札できないというのは死活問題です。
加えて、補償問題がこじれて合同労働組合などが被災労働者の支援に動いた場合、「元請けに管理責任がある」と迫られ、元請けにも火の粉が降りかかってしまうことがあります。
トラブルに巻き込まれまいと事故を起こした業者と取引を止める元請けも多く、仕事を失いたくない下請けは生き残りをかけて労災隠しをしてしまう。元請けによる安全衛生管理ができていなかったから事故が発生するケースが多いのに、下請けを切って終わらせようとするのは筋違いなんですが。
元請けの社員が一緒になって事故を隠そうとすることもあります。担当現場で事故が発生したり、労基署から「是正勧告書」(法令違反事項の是正を勧告する指導文書)や「使用停止等命令書」(罰則適用の対象となる命令を行う指導文書)を交付されると、会社によっては賞与カットなどのペナルティを科しているためです。労働基準監督官だったころ、使用停止命令書を是正勧告書に、是正勧告書を「指導票」(改善を図るべき項目を指摘する指導文書)に、指導票を口頭指導にというように、指導のレベルを落としてもらおうと元請け社員がよく懇願してきました。