2014年のエネルギー業界の動きは、「安倍政権の原発政策が、反対派をジリジリと押し切り、再稼働への道筋を確実のものとした1年」と表現できるのではないだろうか。この1年のエネルギー問題を巡る流れを、DOLに掲載した記事を軸に整理し、来るべき15年を展望する。(ダイヤモンド・オンライン編集部 片田江康男)

年初の都知事選で
原発が争点に

 思い起こすと、2014年最初のエネルギーに関する話題は東京都知事選だった。2013年12月に医療法人「徳洲会」から5000万円の資金を受け取っていた問題で猪瀬直樹氏が都知事を辞任。その後、2014年1月23日に公示された都知事選で、原発政策が争点になったのだ。(『都知事選は原発の是非を問う選挙になった!

 電力の大消費地ではあるが、立地自治体ではない東京都の首長選挙で、原発を選挙の第一の争点することを疑問視する声もあった。そもそも原発反対派のデモや発言は急速に勢いを無くしていた。そんななかで、一気に争点に浮上したきっかけは、元首相の二人だった。

 小泉純一郎元首相が細川護煕元首相を担ぎ上げ、脱原発を掲げて選挙戦を展開するとぶち上げたのだ。呼応するように、他の候補者もエネルギー政策のポジションを表明。元厚生労働相の舛添要一氏や元日弁連会長の宇都宮健児氏なども原発政策に関して訴えた。

 ちょうどこの時、安倍政権は猪瀬直樹氏が都知事を辞任する直前に「エネルギー基本計画」の基本原案をまとめたところだった。原案では原発を「重要なベースロード電源」であるという文言が並び、原発反対派からは不満の声がくすぶっていた。安倍政権にとっては、細川・小泉の勢力は、原発反対派という寝た子を起こすことになるかもしれなかった。(『エネルギー基本計画に原子力をどう位置づけるか 原案の重要ポイントと解決すべき三つの課題――澤昭裕・21世紀政策研究所 研究主幹、国際環境経済研究所所長

 翌年の2014年春にも正式に閣議決定をする予定だったため、安倍政権は警戒感を露にした。安倍首相は外遊先で「原発などのエネルギー政策は(個々の自治体ではなく)国全体の政策」と釘を刺すコメントを出したほどだった。

 結果は自民党が全面的にバックアップした舛添氏が当選。脱原発が日本全体のメインストリームになることは、2012年の衆院選、2013年夏の参院選に続き、またも実現されることはなかった。

 2014年4月、安倍政権はエネルギー基本計画を正式に閣議決定。もっとも注目されていた「原発が日本のエネルギーの何割を担うのか」というエネルギーミックス(最適な電源構成)は明記されていない。しかし、安倍政権の掲げる「安全が確認された原発から再稼働させる」という方針を粛々と進める流れが、確実なものとなったと言える。