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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

多彩な歌唱法を身に着けた本田美奈子を造形した
東宝プロデューサー酒井喜一郎の舞台半世紀

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第69回(最終回)】 2015年1月30日
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2011年5月から3年間書いてきたこの連載も今回(第69回)でおしまい。本田美奈子の20年間の歌手人生を軸に、100年間の日本のポピュラー音楽史を読み直す試みだった。最終回は、アイドル歌手だった彼女を1990年にミュージカルの大舞台へ導いた東宝演劇部プロデューサー酒井喜一郎の航跡をたどる(文中敬称略)。

病床へのお見舞いに持参したのは「セリーヌ・ディオン」

岩谷時子(左)、本田美奈子(中)、酒井喜一郎(右)。東宝ミュージカル「王様と私」に出演した90年代後半の撮影(写真=BMI)

 帝国劇場では本田美奈子の最後の出演となったミュージカル「十二夜」(2003年10月-11月)のプロデューサーも酒井だった。翌2004年に本田はミュージカル座の「ひめゆり」(2月)、地球ゴージャスの「クラウディア」(5月-7月)に出演し、同時に日本コロムビアでクラシカル・アルバム2作目「時」の制作に入っている。

 2005年には東宝で「レ・ミゼラブル」のファンテーヌ役に出演することが決まり、「クラウディア」も再演されることになっていた。デビュー20周年コンサートも準備が始まっている。酒井はその翌年に「十二夜」の再演を決めていた。

 本田美奈子は、そのような記念すべき2005年を展望していた1月に入院することになる。ファンテーヌ役のレッスンを始めていたころだ。亡くなったのは11月だった。今年(2015年)11月には没後10周年を迎えることになる。

 入院中、酒井喜一郎は3回病院を訪れている。亡くなるとは想像もしていなかったそうだ。お見舞いにCDを持参した。「Celine Dion ~ A New Day, Live In Las Vegas」(ソニーミュージック、2004)である。

 セリーヌ・ディオンは2003年3月からラスベガスのシーザーズ・パレスで大規模なショーを続けている。1年間で数十回のショーである。2007年まで続き、その後、2011年に再開して現在も続いている。酒井が持参したCDは2003-04年のライブ盤で、04年12月に発売されたものだ。彼はラスベガスまで実際に聴きに行っている。

 本田はミュージカルやクラシックにチャレンジを始めた90年代半ば以降、セリーヌ・ディオンの「My Heart Will Go On」やホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を何度も歌っている。広くなった音域で壮大なバラードを歌い上げることに習熟してきていた。「My Heart Will Go On」は筆者もテレビで見事な歌唱を聴いたことを記憶している(2000年12月27日のNHKBS)。酒井がプレゼントしたセリーヌ・ディオンのラスベガス・ライブ盤にも、もちろん「My Heart Will Go On」が収録されていた。

 酒井喜一郎がプロデューサーとして本田美奈子の出演作を直接担当したのは以下のとおりである。

96年9月6日―29日    「王様と私」タプチム役(日生劇場)
98年8月5日―9月30日「屋根の上のヴァイオリン弾き」ホーデル役(帝劇)
99年12月2日―26日   「王様と私」タプチム役(帝劇)
00年1月2日―26日  「王様と私」タプチム役(博多座)
02年4月1日―27日   「王様と私」タプチム役(梅田コマ劇場)
03年10月5日―11月24日 「十二夜」ネコ役(帝劇)

 「王様と私」でソプラノの発声に導き、最後の「十二夜」ではソプラノ・ボイスに合わせたソロの楽曲「ララバイ」を準備した。日本コロムビアのクラシック・アルバム「Ave Maria」と「時」への道を開いた一人が酒井だったのである。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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