「いろいろな人がいる」という意味でのダイバーシティが特に経済社会の中で意識され始めたのは30年以上前のことであろう。グローバル企業では、そのころからダイバーシティの担当役員を任命し、様々なグループに配慮して来た。アフリカンアメリカンのグループ、ラテンアメリカンのグループ、女性のグループ、ヤングプロフェッショナルのグループそして、LGBTのグループ等である。

 LGBTというのは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーといった性的嗜好のことである。こういった、いわゆるマイノリティーのグループの代表を選び、担当役員をつけて、社内で活動をしていた。最初のきっかけ、そして目的は人権問題からであったろうと思うが、今ではしなければならない人権の視点ではなく、市場で有利になり、多くの消費者・株主・労働者に支援されて経済成長していくための経営戦略として取り入れている。

ダイバーシティの本質とは
「視点のダイバーシティ」

 一方、日本はどうだろう。

 日本の中で、ダイバーシティ、多様性は、あったか。総論的に述べれば、これまではある一定の大学を卒業した、健康な日本男性が、ほとんど全ての日本組織でリーダーシップをとってきたといえるだろう。経済界も、政界も、そしてメディアも、彼らは、互いに知り合いで、育った環境が似ていて、家族構成も似ている。同じ価値観をもって生活してきているために、阿吽の呼吸で互いを理解することができ、決断ができる。戦後、日本の力強い経済成長を作ったのは、この男性ネットワークのパワーだろうと、私は考えている。

 しかしグローバル社会の今、今までと同じでは経営が守れない。企業成長につながらない。そうした経緯で「ダイバーシティ」という概念が日本でも重要視されるようになってきたのである。

 シンプルに考えると、男性ばかりの企業で女性が働きはじめること、という流れに見えるし、今の女性活躍促進の流れはそこから来ていると言っていい。しかし、私が主張するダイバーシティの本質は、性別ではない。私が大切にするダイバーシティは、「視点のダイバーシティ」なのである。すなわち、物事をどう見るか、どのような分析・評価をするかということだ。