「幸せ食堂」繁盛記
【第三回】 2015年5月21日 野地秩嘉

両国で歴史を学び、相撲を取ったら
飯の旨い「めしや」に行こう

史跡の隣にある大衆食堂

 大衆のための店「下総屋食堂」は両国国技館の近所、旧安田庭園の隣にある。旧安田庭園は戦前、東大に安田講堂を寄付した安田善次郎の邸宅で、いまは墨田区所有の庭園である。回遊式で池を眺めながら、整った庭木を鑑賞する。人生の移ろいを感じながら、池を巡るのは大人の愉しみだろう。

 また、これまた近くの横綱町公園には関東大震災、第二次大戦の戦災で被災した品々を展示する東京都復興記念館がある。さらにいえば遺骨を安置した東京都慰霊堂もある。 当時の遺品、写真を見ると、「東京の下町はこれほどの犠牲を払ったのか」と考え込んでしまう。

 そうは言いながらも、両国は相撲の聖地だ。ここまできて、相撲を取らないのはもったいない。靴の先を使って、地面に土俵を描き、一緒にやってきた妻、あるいは友人知人と相撲を何番か取ろう。相手が嫌がっても、ぶつかり稽古で鍛えてやろう。もし、ひとりだったら四股をふむ。四股ふみを50回もしたら、やったら汗が出てくる。当然、お腹が減る。何か食べなくてはいけないし、何か飲まなくてはいけない。そういった状態まで、自分を追い込んでから入るのが、下総屋食堂である。

 同食堂は戦前からの建物で、コンクリートの土間にテーブルが7卓ある。午前11時前ならば空いている。おかずが並ぶ棚のなかから、厚揚げの煮物を取り、「マカロニサラダとビールください」というような注文をする。

 汗を拭き、悠然と昼のビールを飲みながら、壁に下がっているおかずのメニューを眺める。

 煮かれい、煮さば、焼きさば、あじ開き、しゃけ、さんま。魚のおかずは300円。

 おひたし、だいこん、おから、かぼちゃ、ひじき、ぜんまい、ピーマン炒め、なす炒め。野菜のおかずは200円。ご飯とみそ汁セットが200円で、豚汁にすれば100円アップする。

 注文はすぐに決めなくていい。ああでもない、こうでもないとメニューを眺めながらビールを飲むのが楽しい。見ているだけでお腹いっぱいになったら、マカロニサラダとビールだけにして、近くのラーメン屋で食べてもいい。自由自在、融通無碍こそが、昼に食べる定食屋の楽しみ方である。

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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