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黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

偏差値45の超学歴コンプレックス男を
地元の名士にのし上げた「怪しい処世術」

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第22回】 2015年7月7日
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ある地方で花屋を経営する男性は、地域でもささやかな財界活動を行い、小さな商店街の将来を担っている。しかし、彼の「怪しい過去」を知る者はいない

 今回は、40代後半という、男としては人生の大きな曲がり角に差しかかっている男性を取り上げたい。

 男性はある地方都市で花屋を営む、ちょっとした経営者だ。二十数年前、偏差値45の大学を卒業した。当時は、学歴コンプレックスの塊だった。

 卒業後、職を転々としながらも、十数年前に1人の女性と知り合い、人生が大胆に変わった。30歳前後まで、私生活においても様々な問題を抱え込んでいたことも、今では封印しているようだ。現在は、その地域でささやかな「財界活動」もしている。

 偏差値45の大学を卒業した男性の激しい人生を追うことで、企業社会における「学歴のホンネとタテマエ」を浮き彫りにする。


女性を学歴コンプレックスのはけ口に
イケメン経営者が隠す「怪しげな過去」

 ここは、東京駅から数百キロ離れたところにある、地方都市の新幹線の停車駅。改札口のすぐ前にあるホテルで、地元の経済団体の会合があった。その様子は、ウェブ上でも紹介されている。

 零細企業や商店の経営者30人ほどが参加し、商店街や地域の活性化について話し合う。その後、座敷のある飲み屋で酒を飲んだ。宴が盛り上がるなか、とりわけ目立つ背の高い1人の男がいる。185センチほどで、顔の彫りは深く、眉毛が濃く、目が大きい。中年のファッションモデルのような雰囲気だ。

 男の名は川田(仮名)。40代後半だが、30代半ばくらいに見える。商店街で花屋を10年ほど前から営む。30代後半の妻がこの地域で農家をしている一人娘であり、その父親などから資金を借りて店を開いたという。夫婦で書き込むブログを見ると、7歳の子どもがいるらしい。男は、ブログに自らの過去を書くことはしない。

 遡ること27年前の1988年、JR山の手線の某駅から徒歩数分のところに、都内でも有名な大きなビアガーデンがあった。山の手線の車内から見えることで、多くの人に知られていた。この近辺に工場を持つビールメーカーが経営していた。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

 ここ10数年の間に社会環境が大きく変わり、人々のホンネとタテマエに対する価値観が揺らぎ始めている。それを具現化しているのが、今の企業の職場ではないだろうか。これまでは、ホンネとタテマエが絶妙にバランスしながら、人間関係が維持されてきた。しかし、企業社会において生き残り競争が激化し、「他人より自分」と考えるビジネスパーソンが増えるにつれ、タテマエを駆使して周囲を蹴落とそうとする社員が増えている。

 誰もが周囲を慮らなくなり、悪質なタテマエに満ち溢れた職場の行きつく先は、まさしく人外魔境。そこで働く社員たちは、原因不明の閉塞感や違和感、やるせなさに苛まれながら、迷える仔羊さながらに、次第に身心を蝕まれて行く。この連載では、そうした職場を「黒い職場」と位置づけ、筆者がここ数年間にわたって数々のビジネスパーソンを取材し、知り得たエピソードを基に教訓を問いかけたい。

「黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史」

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