チャートパターンの多くは幻想であり、チャートが当たっているように見えるのは後付け効果によるものだ。人はチャートの中に、自分自身の心理を映し出しているだけなのである。それにもかかわらず、多くの成功したトレーダーたちは、ファンダメンタルズ以上にチャートを重視している。トレードのチャンスを機敏に見つけるのに、それ以外の方法がないからである。
――「なぜ、投資で勝つことは難しいのか?」という根本的な疑問に答えながら「金融市場の全体像」を示していく好著として、発売直後から絶賛される『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』より、投資家の関心が高い「チャート」の真実に迫る章を全文公開する。

チャート分析の手法と思想

チャートは相場の「全てを語る」のか?<br />それともチャートは「オカルト」なのか?(1)

 チャート分析は、テクニカル分析とも言われ、ファンダメンタルズ分析と並んで投資における2つの基本的な分析技術の1つである。

 チャートというのは、もともと図表やグラフのことを意味するが、投資においては、過去の値動きをグラフにしたものをチャートと呼び、それにさまざまな加工を施して今後の値動きの予想をすることをチャート分析(テクニカル分析)という。

 チャート分析には、実に多様な手法が存在するが、主なタイプ別にみていくと、以下のようなものがある。

■トレンドを判定する
相場が上昇トレンドにあるのか、下落トレンドにあるのかを判定する。たとえば、過去5日間の価格の移動平均と、それよりも少し期間の長い25日間の移動平均を比較し、5日移動平均が25日移動平均を上回ってきたら相場は上昇トレンドにあると判断したりするのに使う(図3-1「移動平均法」)。この移動平均法のほかに、ポイント&フィギャー、トレンドライン分析などがある。

■相場の勢いを見る
相場の勢い(モーメンタムという)の強さを判定する。ただし、上昇トレンドの勢いが強すぎる場合は買われ過ぎの懸念があり、一時的な調整(上昇トレンドで一時的に下落したり、相場の勢いが止まったりすること)が起きる可能性が高くなる。また、上昇トレンドの勢いが落ちてくると、いずれ下落トレンドに転じる可能性が高くなるという判断に利用されることもある。短期移動平均と長期移動平均の差をとってその推移をみるMACD(※)のほか(図3-1「MACD」)、RSI(相対強度指数)、ストキャスティックスなどさまざまな指標が開発されている。

※Moving Average Convergence and Divergence。期間の異なる2つの移動平均の差をとる。ただし、移動平均は直近の価格変動のウエートを高くした独特の計算が用いられるのが一般的。定型化された分析手法では、MACD自身の移動平均と比較して、買いシグナルや売りシグナルを判定するという使い方をされる。

■価格水準を判定する
過去の値動きをベースにして、現在の価格水準がどのような水準かを判定する。買われ過ぎ、売られ過ぎ、あるいは価格調整がこのあたりで終了して再び以前のトレンドが復活するなどという判定に使われる。ボリンジャーバンド、フィボナッチ分析などがある。

■周期性を見る
相場は上昇トレンドと下落トレンドを繰り返す形で変動していく。そこには一定の周期性がみられることがあり、その周期性をもとに、今のトレンドがいつまで続くか、どのあたりでトレンドが転換するかを判断する。日柄分析やエリオットウェーブなどがある。

■チャートパターンを見る
チャートが描く形状(チャートパターン)を重視し、ある特定のパターンが出現したら相場が上昇するとか下落すると判断する。たとえば、ヘッド・アンド・ショルダー(三尊ともいう)は、相場が上昇トレンドから下落トレンドに切り替わるときに現れるチャートパターンで、売り姿勢に転じるべきサインとされる(図3-1「チャートパターン(ヘッド・アンド・ショルダー)」)。

チャートは相場の「全てを語る」のか?<br />それともチャートは「オカルト」なのか?(1)

 こうしたチャート分析は、実務の世界で経験則的に培われてきたもので、学術の世界では完全に無視されてきた。それでも、現実の世界ではチャート分析で大きな成功を収めた投資家も少なからずいて、世にはチャート分析の本があふれている。一般の投資家の中には、チャート分析には必勝法というか、一種の秘法のようなものがあり、それを極めることで投資が成功に導かれると思っている人たちも大勢いることだろう。

 チャート分析は前述のように経験則的なもので、その有効性については理論的に説明されることは少ない。しかし、もしチャート分析に有効性があるとすれば、そこには理由があるはずである。そこで、チャート分析が成り立つための背景となる考え方を整理してみることにしよう。

 まず、チャート分析の大前提となっているのが、将来の相場変動は、過去の値動きに大きな影響を受けるということである。学術の世界でチャート分析が無視されているというのは、まさにこの点にある。金融理論では、相場の将来の変動は過去の値動きとは一切無関係であることが想定されている。これを専門用語ではマルコフ性というのだが、こうした性質を仮定することで数学的に扱いやすくなるだけでなく、実証データからもマルコフ性を否定する明白な証拠は得られていない。

 ただ、過去の値動きが将来の値動きに影響を与えるという考え方は、感覚的には納得しやすい。たとえば、原因が何であれ大きく値が下がった後は、相場は不安定になり、その後も下がりやすくなると考えるのは自然な感覚だ。いついかなる状況でも相場が上がるか下がるかはフィフティ・フィフティという金融理論上の仮定よりも、よっぽど実感にあっているように感じられるだろう。

 チャート分析の背景をなすもう1つの重要な考え方は、ファンダメンタルズ上のさまざまな情報も、投資家たちの個別の投資行動の結果も、そして市場の気分といった心理的な要因も、全てが価格変動の中に織り込まれており、チャートには市場を動かす全ての要因が含まれているということだ。だから、チャート分析は全てを包含した究極の市場分析といえる。——この考え方もまた、ファンダメンタルズ分析だけでは相場の予測に十分でないということを経験している人にとっては、十分に説得力があると感じられるはずだ。

チャート分析による将来予測の有効性

 前項で述べたように、チャート分析の背景にある考え方には、感覚的にはとても説得力があるように思える。だが、それはあくまでも感覚的な印象だ。実際にチャート分析は、今まで見てきたような市場の予測不能な性質を打ち破ることができるのだろうか。

 まず、効率的市場仮説の世界を想定してみよう。そこでは、相場の動きは全てランダムで、予測は不可能だ。しかし、ユール・スルツキー効果(※)により、チャート分析はさまざまなトレンドやらパターンやら(と見えるもの)を導き出す。人は、それらのトレンドやパターン(と見えるもの)を見て、将来の相場の動きを予知したような気持になる。言うまでもなく、完全にランダムな世界では、これらは全て偶然の産物を見誤っただけの幻想であり、将来の値動きについて意味のあることを語ってくれるものではない。つまり、チャート分析はまやかしであり、人々を惑わすだけの代物に過ぎない。これが、正規の金融理論によるチャート分析の評価だ。

※ランダムな数値の羅列に統計的な処理を施すとそこに周期性のようなものが現れること。

 だが、効率的市場仮説はすでに見てきたように完全な市場モデルではない。そこで次に、効率的市場仮説が完全には成り立っておらず、相場が人々の心理バイアスによってゆがめられ、ときにカオス的変動が起きるという現実的な市場モデルを想定してみよう。

 その場合でも、カオス的現象にはわずかな初期条件の差によってまったく結果が異なってしまうという性質がある。チャート分析上で、まったく同じように見えるパターンが出現したとしても、判別できないようなわずかな差によって結果がいかようにも変化してしまう以上、チャート分析がこういうサインを出しているから将来はこうなると断定することはできなくなる。そのため、やはりチャート分析で将来を予想しようとすることには無理があるという結論になる。

 チャート分析は、一見すると納得性があるように見えるのだが、このように理論的に考えていくとその有効性には影が差してくるようである。ここで、いくつか実際の例を見てみよう。図3-2「パターンA」を見ていただきたい。相場は下落トレンドが続き、しかも前回安値を猛烈な勢いで更新しようとしている。典型的な売りサインだ。しかし、実際の相場がその後どのようになったかというと、その直後に相場は急上昇に転じている(図3-3「パターンAのその後」)。図3-2「パターンB」はどうだろうか。典型的な売りサインを示すチャートパターンであるヘッド・アンド・ショルダーが現れている。しかし、実際の相場はやはりその直後に上昇に転じた(図3-3「パターンBのその後」)。

チャートは相場の「全てを語る」のか?<br />それともチャートは「オカルト」なのか?(1)

 

チャートは相場の「全てを語る」のか?<br />それともチャートは「オカルト」なのか?(1)

 もちろん実際には、チャート分析が示したサイン通りにその後の相場が展開することだってある。要するに、どちらも起こるのだ。ここでは、テクニカル分析が当たらなかったケースだけを取り上げている。実際にそのような例は無数にあげることができるのだが、それだけを見ていけば、「なんだ、チャート分析は意味がないじゃないか」ということになる。

 逆に、テクニカル分析を信じる人にとっては、当たったケースをいくつも探し出すことができるはずだ。そして、その成功例だけが印象に残るため、テクニカル分析の有効性がしっかりと心に刻まれる。また、当たらなかったケースについても、テクニカル分析にはさまざまな分析手法があるので、そのどれかを持ち出して組み合わせたりすれば、「こうやっていれば当たったのだ」と後で説明を付けることはいくらでも可能だ。つまり、「やり方によっては当たっていたはず」の事例として認識され、チャート分析の有効性に疑問を投げかける材料にはならない。

 「こんなに当たるすごいチャート分析がある」とか、「このチャート分析を使えばリーマンショックも予想できた」などというたぐいの話は、大体この手の心理的なトリックによるものだ。

 チャート分析は過去の値動きだけから将来を予測する。今まで見てきたように、ランダム性であれカオス性であれ、市場に予測不能な性質が備わっているのだとすれば、結局、どんなチャート分析も当たったり、外れたりするはずだ。だが、後から見るといかにも有効そうに見える。

 私がまだ銀行のトレーダーになりたてのころ、テクニカル分析のテキストを買って一生懸命勉強していたときに、ある先輩から次のように言われたことがある。「テクニカル分析にはさまざまなものがあるが、結局どれも生き残らない。唯一生き残っているのはエリオットウェーブ(※)だけだ。なぜエリオットウェーブが生き残っているかというと、後で何とでも説明できるからだ」と。エリオットウェーブが今も唯一生き残っているのかどうかはともかく、基本はそのとおりだ。誰にでも明確に答えが出せるような単純明快なチャート分析で、明らかに有効なものは残念ながら存在しない。有効そうに見えるものは、エリオットウェーブのように解釈の余地があるものだ。後付けで見ると、当てはまっているように説明することができるのである。しかし、それはあくまでも後からみたときにだけそう見えるのであって、まだ確定していない本当の将来が予測できるということにはならない。

※エリオットウェーブとは、相場の変動を一定の波動のパターンと捉えるものである。具体的には、一連の相場変動が上昇5波(上がって、下がって、上がって、下がって、上がってという動きを繰り返しながら相場が上昇していく)と下降3波(下がって、上がって、下がって)から構成されると考える。さらにそれぞれの波の中にもさらに小さい波が含まれる。たしかに相場は波のように上下動を繰り返しながら動いていくので、それらしく見える。ただし、どこからどこまでを1つの波とするかによって、解釈はいくらでも成り立つため、後付けで見れば、たいていの相場変動に合わせた解釈を見つけることができる。

 それでも、チャート分析には不思議な磁力がある。私も何度か経験があるのだが、チャート分析をやっていると将来の値動きが脳裏にくっきりと見えてくることがあるのだ。このチャートパターンなら絶対に価格は上昇するはずだ、という具合だ。そのイメージはあまりに鮮明なため、とても確信に満ちた気持ちになる。そのとき人は、チャートに一体何を見ているのだろう。

 人は、すでに見てきたように、ランダムな中に法則を発見し、ありもしないトレンドを認識する。チャート分析によって見えるものの大半は、そうした人の脳裏に映る幻影だ。だが、チャート分析は視覚的なイメージを植え付けるので、あたかも現実を見ているような気にさせられる。また人は、自分が望むものが目の前に現れると強い印象を受け、それによって自分の考えに対する自信を深めていく。たとえば、株を買っている人は、その株価が下がってきても、チャートの中にわずかな反発の兆しを見出して、「このまま持ち続けていれば株価はすぐに元に戻すはずだ」と思う。一度そう思ってしまうと、チャートを見るたびに相場がいかにも反発してくるようにしか見えなくなる。そう、テクニカル分析が語っているように見えるものは、本当はその人の心理なのであり、人はテクニカル分析を通して自分が見たいものを見ているのである。