今回ご紹介する『「衝動」に支配される世界――我慢しない消費者が社会を食いつくす』では、「インパルス・ソサエティ」をキーワードにして、社会を分析します。現代では、人々が「欲しい」という衝動にかられて自己中心的にふるまうようになった結果、社会全体が消耗し、持続不可能になりつつある、と警告します。その衝撃的な内容を少しだけお見せしましょう。
人間の内面を巧みに侵略する
市場にわれわれはどう対処するか
いきなり私事で恐縮ですが、この6月に米国アトランタにあるワールド・オブ・コカコーラ博物館を訪れる機会がありました。コカコーラの秘密のレシピを探す旅に始まり、4Dが体感できる映像劇場まで、博物館というより完全なアミューズメントパークです。楽しさでマヒした頭は、最後に設けられたギフトショップで、喜んでお土産を買ってしまうのでした。コーラという飲料を売るばかりでなく、自らの歴史も含めて持てるすべてを商品にしてしまう「商魂」と「テクノロジー」に、恐れ入った次第です。
『「衝動」に支配される世界』も、また現代の行き着くところまで行き着いた資本主義・消費社会に鋭い問題提起を投げかけます。原題は” The Impulse Society”。著者ポール・ロバーツは「インパルス・ソサエティ」という言葉によって、「単なる気まぐれな消費者文化などではない。いますぐの「リターン」への欲望が高まった結果、社会経済システム全体が自己破壊に向かっている様子を描こう」(15ページ)としています。
「消費者が欲しがるものを与えることに驚くほどに長けた社会経済システム」によって、「買い物やアップグレードするたびに、選択やクリックするたびに、日々の生活は自分流になって来る。そして世界は『自分の』世界になって」いきます。その結果「自己中心的な文化に翻弄され、市民として『社会的に』行動するのがどんどん難しくなっている。……他人への共感は弱まり、それに伴って、自分と他人との間には共有しているものがあるという、民主主義に不可欠な考え方すらも信じられなくなっていく」(13~14ページ)と、断じます。
それは市場が個人を取り込んだ、あるいは個人と市場が一体化した結果だといえますが、なぜこのようなことが起こったのか。著者は歴史的な過程を丹念に追いながら、検証を進めます。著者によれば、一大転機となったのは20世紀初頭にヘンリー・フォードが生産を徹底的に効率化し、T型フォードの大量生産に成功してからです。これによって、高級品だった自動者は庶民の手が届く商品となり、個人の行動の制約を大幅に取り払うことになりました。
その後の過剰生産による大恐慌が発生、ニューディール政策による政府の市場への介入を経て第2世界大戦後には、つかの間、バランスのとれた社会実現しますが、それも行き詰まると新自由主義が台頭し、株主革命、デジタル化、そして金融化が進行し、ついには2000年代後半にリーマンショックで知られる、世界を巻き込む金融大不況を引き起こします。にもかかわらず、個人と市場の一体化は精緻になりこそのすれ、大きな変容は見られません。