ハーバードビジネススクールを代表する知日派、ジェフリー・ジョーンズ教授。20年以上、日本の経営史を研究し、過去には学習院大学の客員教授を務めたこともある。ビジネススクールだけではなくハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授も兼任し、渋沢栄一から環境ビジネスまで幅広く研究活動を行っている。昨年は4度も来日した。

ジョーンズ教授は現在、MBAプログラムで経営史を教えているが、特に授業で焦点をおいているのがグローバル化と格差の問題だ。授業では日本の事例も登場する。

なぜハーバードで格差問題を教えるのか、日本から何を学ぼうとしているのか、日本の強みと課題は何か。ジェフリー・ジョーンズ教授に忌憚ない意見を伺った。(聞き手/佐藤智恵 インタビューは2015年6月22日)

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ジョーンズ教授が
日本に興味を持ったきっかけ

佐藤 ジョーンズ教授はハーバードビジネススクールの経営史部長であるのと同時に、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授も務めています。長年、ビジネスの観点から日本の歴史を研究されていますが、そもそも日本に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか。

ハーバードではなぜ明治維新と岩崎弥太郎を学ぶのかジェフリー・ジョーンズ Geoffrey Jones
ハーバードビジネススクール教授。専門は経営史。同校の経営史部門長及びハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授。MBAプログラムでは選択科目「起業家精神とグローバル資本主義」を教えている。グローバルビジネスの歴史と責務を専門に、金融、貿易等のサービス分野から化粧品、トイレタリー等の消費材分野まで幅広く研究し、多くの著書を執筆。主な著書に『ビューティビジネス―「美」のイメージが市場をつくる』(中央経済社)、『多国籍企業の変革と伝統: ユニリーバの再生(1965-2005年)』(文眞堂)。2016年、環境ビジネスの歴史をテーマとした新刊“Profits and Sustainability: A Global History of Green Entrepreneurship”(Oxford University Press 2016)を出版予定。

ジョーンズ 1960年代から1980年代まで、日本は世界の経営史学会の中心的存在で、この分野の第一人者には日本人の学者が多かったのです。私がロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教員だったころに出会った一橋大学の米川伸一教授(当時)もその1人です。米川教授は日本を代表する経営史学者でしたが、たまたま私のことを気に入ってくださり、経営史学会の国際会議に招待してくれたのです。その会議は世界の著名な学者が一同に会する会議で、名もなき若手教員だった私が参加できるようなものではありませんでした。それなのに米川教授は特別に私を参加させてくれたのです。「能力のある若者にチャンスを与える日本の文化は素晴らしいな」と大変感銘を受けたのを覚えていいます。

 米川教授と出会ったことと国際会議に参加したことは、その後の研究活動に大きな影響を与えました。私は日本の経営史についても研究をはじめ、日本から新しい研究方法も学びました。日本が「国際比較研究」という研究手法の先駆者だったからです。その後、日本人の学者の方々と交流を深め、日本から多くを学び、現在に至ります。

岩崎弥太郎こそ学生たちの
ロールモデルとしてふさわしい

佐藤 ハーバードビジネススクールの選択科目「起業家精神とグローバル資本主義」では、三菱グループの創業者、岩崎弥太郎の事例を教えていますね。

ジョーンズ このケースは授業の第1部で教えています。第1部のテーマは「欧米とその他の国々の格差の拡大」です。その中で岩崎弥太郎の人生を軸に、日本の明治維新について教えています。

 ここで私が焦点をおいているのは、国の経済成長と社会制度の関係です。成長する国には、必ずそれを支援する社会制度があります。ダグラス・ノース(ノーベル経済学賞を受賞した経済学者)は、19世紀に西側諸国(特にイギリスとアメリカ)が台頭したのは、国民の所有権を保護し、国が所有税を得る仕組みをつくったことだ、と主張しています。他の国にはこうした税制度はありませんでした。

 日本が他の国とは違うのは、明治維新で社会制度そのものを国民がひっくり返してしまったことです。全く新しい制度を国民主導でつくりあげたのです。その原動力となったのは、地方の小さな武士のグループです。彼らは「日本は中国やインドのように遅れてはならない」「欧米に早く追いつこう」と考えました。土佐藩出身の下級武士、岩崎弥太郎はそのグループの一員でした。明治時代に三菱商会を創業し、商人として大成功を収めました。