ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
日本一サービスにうるさい街で、 古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか
【第10回】 2015年10月5日
著者・コラム紹介バックナンバー
山崎征一郎 [銀座・キャバレー「白いばら」元店長]

キャバレー・白いばら名物の
「ホステス日本地図」はこうして生まれた

創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届けしています。

 名札に出身地を載せるようになってからしばらくして、私は道行く人たちにもお店のウリをアピールする方法はないかと考え始めました。一九七二年、田中角栄による「日本列島改造論」が発表され、札幌オリンピックが開催された年のことです。この頃、銀座には新しい高級クラブが続々とオープンし、売上げが少し落ち込んできたのです。

 そんなある日、一人のお客さまが帰り際にこう言いました。
「北海道の子がいて安心したよ」

 先代社長と私は顔を見合わせました。当時、すでに在籍しているホステスは二〇〇名を超えていて、北は北海道から南は沖縄まで、全国の出身地の子がいました。そこで、この言わば充実した〝品揃え〟を、日本地図に落とし込んでアピールすれば、インパクトのある広告物になると先代社長は考えたのです。

 早速私は銀座一丁目の材木店でベニヤ板を購入し、地図の制作に取りかかりました。ああだこうだと悩みながら、ホステス全員の名前を入れていったら、いびつな形の地図ができあがりました。これが、本書の冒頭でお話しした、白いばらの名物となっている日本地図のディスプレイです。

 かなりの大きさになりましたが、何しろ古い建物ですから、釘で簡単に取り付けることができました。

 店の前に突如現れた源氏名入りの日本地図に、ホステスも唖然としていましたが、急ごしらえだったわりには、宣伝効果は抜群でした。

 お店の前を通りがかった人が、「なんてユーモアのあるお店なんだろう」と、面白がって飛び込みで入ってくれるようになりました。お店選びに迷っている出張中の方が、「故郷の子がいるなら安心できそう」という理由で扉を叩いてくれることが増えました。また、単身赴任中の方が寂しさを紛らわすのに、同郷のホステスを指名しに来店されることも多くなりました。

 もう一つ予期せぬ効果がありました。お客さまには、奥さまや彼女の手前、ホステスの名刺を持ち帰れない方もいます。そのため、次回来店した時にホステスの名前を忘れてしまっていて、同じ子を指名したくてもできないことがよくありました。

 でも、たいてい出身地は記憶に残っているんですね。「たしか、○○県出身の子……」と地図上の名前を見て思い出し、指名をいただけることが増えたのです。さらに、同じ出身のホステスがいるとわかって安心するのか、地方出身の応募者が増えました。

 そして、三年後の一九七五年には、白いばらは入場者数のピークを迎えます。連日満員札止め。店の前に行列ができることもありました。

 平成に入ると、レトロブームに乗って、「手作りの日本地図がある昔ながらのグランドキャバレー」として、テレビや雑誌で頻繁に取り上げられるようになりました。一昔前は、「地方出身者は訛っているうえ、純朴すぎてサービス業には不向き」と言われたものです。そんな偏見から、ちょっとミスしただけで、お客さまから「この田舎者!」と、罵声を浴びせられることもありました。

 でも、この地図によって、地方の出身であることを「白いばら名物の田舎もんです!」と、逆手に取ることができるようになったのです。

 

スペシャル・インフォメーションPR
ダイヤモンド・オンライン 関連記事
自分の時間を取り戻そう

自分の時間を取り戻そう

ちきりん 著

定価(税込):本体1,500円+税   発行年月:2016年11月

<内容紹介>
生産性は、論理的思考と同じように、単なるスキルに止まらず価値観や判断軸ともなる重要なもの。しかし日本のホワイトカラー業務では無視され続け、それが意味のない長時間労働と日本経済低迷の一因となっています。そうした状況を打開するため、超人気ブロガーが生産性の重要性と上げ方を多数の事例とともに解説します。

本を購入する
ダイヤモンド社の電子書籍
(POSデータ調べ、11/20~11/26)


注目のトピックスPR


山崎征一郎 [銀座・キャバレー「白いばら」元店長]

 

「白いばら」に50年間勤務し、店を支え続けた伝説の店長。
1941年、池袋生まれ。1960年、高 校卒業後、早稲田にあった予備校に入学。勉強がイヤで銀座を徘徊中、「ボーイさん募集」の看板を偶然見つけ、その日のうちに「白いばら」に入店する。翌 61年、高級クラブに移るが、62年に「白いばら」に再入店。1980年に店長に就任する。入店以来、2011年の退店まで50年間、ほとんど休まずに店 に立ち続けた。実直で飾らず、優しい人柄が多くの人に慕われ、経済界にも広い人脈を持ち、退店後の今もその関係は続いている。


日本一サービスにうるさい街で、 古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか

「白いばら」は銀座にただ1軒だけ残るキャバレー。創業80年以上の歴史を持つ老舗で、今でも200人以上のホステスが在籍し、連日多くの客で賑わっている。50年間お店に立ち続けた山崎元店長が初めて明かす「白いばら」が愛され続ける理由。
 

「日本一サービスにうるさい街で、 古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか」

⇒バックナンバー一覧