入山章栄氏の対談連載「日本のブルー・オーシャン企業」。第5回は近年新たに女性や若者のファンを開拓し、低迷していた新日本プロレスの業績を回復させたブシロード社長(新日本プロレスオーナー)の木谷高明氏に話を伺う。 

すべての市場はマニアが潰す!?

入山章栄(以下:入山) 今回『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の監訳をしたのですが、その原稿を読みながら、日本でブルー・オーシャンを切り開いている事業を考えました。そこで真っ先に思い浮かんだのが、新日本プロレスだったんです。

木谷高明(以下:木谷) えっ、そうなんですか、ありがたいですね。どういったところがブルー・オーシャンを切り開いたと思われたんですか。

猪木の時代から激変した、<br />新日本プロレスリングのいま木谷高明(きだに・たかあき)
1960年6月6日、石川県生まれ。武蔵大学を卒業後、山一證券勤務を経て、1994年にブロッコリーを設立。2001年にJASDAQ上場を果たす。2007年、ブシロードを設立。トレーディングカードゲーム「カードファイト!! ヴァンガード」のほか、スマートフォン向けサービスなど幅広く展開。2012年2月、新日本プロレスリングをグループ会社化。 Twitterのアカウントは@kidanit。新日本プロレス公式サイトはこちら
拡大画像表示

入山 ブルー・オーシャン戦略では、「既存顧客の周辺の顧客」を取り込むすなわち「市場の境界の引き直すこと」と、既存ビジネスの何かを捨て去り、何かを増強することで、「戦略のメリハリをつけること」ことがポイントです。

 以前の新日本プロレスでは、プロレスラーの「本当の強さ」を強調するいわゆる「ストロング・スタイル」を謳っていましたよね。流血試合も多かったと思います。それが、木谷さんが社長に就任されてからは、ストロングスタイルがなりを潜めて、エンターテイメント性が増強されています。ルックスがいい選手も登用されて、女性ファンの方も増えている。

 すなわち、従来の新日本プロレスの重要な要素だったストロングスタイルを削ぎ落として、従来のマニア的なプロレスファン以外の層を獲得して、まさに市場の境界を引き直して成功していらっしゃるところが、ブルー・オーシャン的だなと感じたんです。

 木谷さんは以前、「(プロレスに)マニアはいらない」という発言をされて、すごく反響になりましたよね。。

木谷 3年ぐらい前だと思うのですが、「すべてのジャンルはマニアが潰す」って言ったんですよ。いまだにツイッターでリツイートされていて。

入山 インパクトがある言葉ですよね。

木谷 この言葉は、プロレス以外にも色々なところで引用されているようです。例えばSF小説とか、プラモデル、あとラジコンとかいった分野です。確かに僕の目から見ると、これらの分野もマニアのせいで衰退したジャンルだと思うんです。

入山 面白いですね。SF小説がそうなんですか。

木谷 先駆者がいるジャンルに、後から入って市場を拡大するのは難しいんです。前からいる読者が「こんなのはSFじゃない」みたいな批判をしてくる。そういったマニアの批判が強いと、書くほうが書けなくなっちゃいますよね。部数も下がって、マーケットも縮小して、新しい書き手も生まれなくなる…そうこうしているうちに、時代はSF小説よりも、ライトな小説を好むようになっていきました。そのラノベ自体がいま、スマホの小説などに取って代わられようとしていますけれどね。

入山 なるほど。

木谷 プラモデルにも同じことが言えると思うんです。今ほど娯楽がない時代には、時間がたっぷりあった。その時代だから、「10時間かけて作りました」というようなプラモデルが受け入れられたのです。でも、いまの人たちにはそういった商品は受けないと思います。例えば、30分しか作るのに時間をかけていないのに「すごいものを作った!」という満足感はある、そう思えるプラモデルを発売しなきゃダメだと思うんです。

 けれどもマニアの人たちの声を聞いていると、そんな商品は作れない。「こうじゃないとプラモじゃない」といったこだわりが強いんです。「プラモデルの色は自分で塗るものだ」みたいな声を聞いているうちに、いつのまにか市場自体が消えてしまいます。

入山 面白いですね、マニアは原理主義みたいなものだということですね。

木谷 そう、原理主義なんですよ。時代に合わせて常識は少しずつズレていくのだけれど、マニアの人たちは最初の常識にこだわっちゃうんですよね。マニアだけで巨大なマーケットがあれば、問題ないかもしれません。けれども、プロレスの場合は、マニアの人たちを見ているだけでは、市場が縮小する一方だったんです。