超人気ブロガー・藤沢数希氏がホストとなる「金融対談日記」。LINE株式会社・上級執行役員 法人ビジネス担当である田端信太郎氏をゲストに迎えたシリーズの最終回です。
『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』などの著作も持つ田端氏と、外資系投資銀行の社員から作家に転身した藤沢氏の文章とメディアへの思想に迫ります。(構成/福田フクスケ)
スマホ時代の新たな国語教育が求められている
田端信太郎(以下、田端) インターネットの通信速度や各種デバイスの性能は格段に上がったのに、私たちのコミュニケーションツールは、ブログやTwitter、LINEといったテキストメディアがいまだに主流ですね。
かつて「活字離れ」などと言われていたのは大嘘で、実は私たちのテキストの消費量や文章を書く量は、以前より格段に増えているわけです。そのぶん、仕事でもプライベートでも、文章力がその人の魅力をレバレッジする割合は高まっているように思います。
藤沢数希(以下、藤沢) そうです。これだけ文章力のスキルが重要になってきているんだから、教育においても文章力というのをもっと重視したほうがいいですよね。
日本の国語教育は、選択肢の中からひとつだけある正しい答えを選んだり、「このときの筆者の心情を50文字以上80文字以下で答えなさい」というようなものばかりです。作文にしても、何か道徳的に好ましい課題図書が与えられて、「思ったことをそのまま書きましょう」などと言われてしまいます。データとロジックを結びつけて客観的でわかりやすいレポートを書く方法論や、自分の意見を説得力を持って伝える文章の書き方、難しいコンセプトを言語化する技術なんかは、ビジネスでもめちゃくちゃ重要なことなんですけど、そういうことが日本の教育からすっぽり抜け落ちているんです。
それに楽しむための文章でも、国語で江戸時代に作られた短歌なんかを勉強するよりは、140文字でバズる文章の書き方なんかを教えた方がいいと思うんですよ。
田端 デジカメやスマホが普及して、自撮りをはじめとする一般人向けのカジュアルな写真術ってたくさんレクチャーされるようになったけど、いわゆる「小説の書き方」みたいなのではない、カジュアルな文章教本なんかは、ほとんどありませんね。「読ませるブログの文章術」とか、「Twitterでバズるテク」とか(笑)。
ところで、藤沢さんはどこで文章の書き方を覚えたんですか?
藤沢 小説というかフィクションの書き方は最近覚えたんですがね(笑)。その他のビジネスで重要な、データやロジックを使ってわかりやすい文章を書いたり、ハッとする面白い意見を書いたりするのは、どこで覚えたかというと、思い出すと、本当の一番最初のきっかけは、僕は大学2年のときの実験の授業だったと思うんですよ。
田端 へえ。
藤沢 僕は大学に入って、日本というのは大学は遊ぶだけでいいんだと言わていたから、それを真に受けて、授業にぜんぜん行かなかったんですよ。物理や数学の授業は、まあ、行かなくても一夜漬けで、ギリギリ単位を取ったんですけど、実験科目は、参加しないと単位がもらえないんですよ(笑)。
それで2年生のときに1年生の実験が再履修になって、落としたら留年だから、めちゃくちゃがんばったんですよ。その分野の教授や博士課程のインストラクターもしっかり添削してくれるしね。僕、理系なんですけど、19年間生きてきて、はじめてここで文章の書き方を教育されたというか……。
田端 僕は、社会人になってからプレゼン資料として、若手のコンサルが習うようなピラミッド構造とかMECEとかをスキルとして教わったんですよね。まあ、そういう経験からか、いつの間にか他人にそれなりに読まれる文章は書けるようになったんですけどね。でもね、そういうある種のマニュアル化された形式知をベースに書ける文章ってのは、やっぱり及第点の文章までであって、“おもしろい文章”を書けるようになるわけじゃないんですよ。
その点、ライブドア時代は、ライブドアニュースのトピックスで、どんな見出しだとどれくらいページビューが稼げるのかを毎分ごとに実験できる貴重な場でした。それでかなり鍛えられましたね。人間が同じ能力とモチベーションで仕事に取り組むのなら、トライ&エラーの回数が多い人ほど早く成長しますからね。
藤沢 なるほど。田端さんも学校教育ではなく、仕事を通して学んだんですね。あと、僕は英語の勉強がすごく役に立ちましたね。僕は国語は学校の勉強をずっとさぼっていたので、日本語の文法とかぜんぜんわからないんですよ。でも、英語はかなり文法から必死に勉強したから、文に必要な構成要素やルールは英文法で頭に入っているんですよ。だから、日本語を書くときも、英語の文法を通して、おかしくないかグルっとあっちからチェックしているんですよね。
田端 外国語を勉強すると、日本語もよくわかるようになるというのはよく聞きますね。
それでまた話はもとに戻りますが、藤沢さんの小説でも言っているように、文章力を育てるのも「試行回数」だと思うんですよ。ネットは発信するとすぐにレスポンスが得られるんだから、ブログやTwitterみたいな場は文章力の訓練に最適だと思うんですよね。
メディアリテラシーも試行錯誤の中からしか育たない
藤沢 僕もそう思いますね。ただ、最近の学生は、就活をはじめるとブログやTwitterのアカウントを消しちゃうんですよね。人事部に検索されて見つかると怖いから(笑)。自分で発信して、変なこと書いて炎上したら、人生終わると思ってる。そんなことで、終わらないんだけど。
田端 現代のコミュニケーションスキルの根幹をなす文章力をつけていくのも、結局はトライ&エラーだと思うんです。そして、僕は“メディアリテラシー”というものも、メディアに書いてあることを自分でPDCAサイクルを回して試行錯誤してみたりして美味しい思いをしたり、ガッカリしたりというような、実体験によってしか育たないと思うんですよ。
だから、尖閣諸島をめぐって日中関係の緊張がどれくらい高まっているのかとか、原発はどうするのが正解でどうするのが不正解なのかとかみたいな議論って、たとえば一般人は、事実や真実を知りたくても、結局のところ、自分で検証してみることはできないじゃないですか。だから、結局は、メディア空間上を飛び交っている誰か自分以外が書いた記事や言説を信じるか信じないか、正しいと思うか、思わないかという次元の議論になってしまう。これでは、意見の対立があっても、お互いに検証して決着をつけられないまま、永遠に水掛け論での否定しあい合戦になっちゃいます。そんな環境では、メディアリテラシーが鍛えられるはずがないと思うんですよ。ふつうの人は。
そう考えると、一般庶民がふつうに生活していてメディアからの情報の真贋をきちんと自分で確かめられるものって、せいぜい、映画レビューか、レストランガイドか、恋愛マニュアルぐらいしかないんじゃないですかね。その中で、みんなが一番真剣になる死活問題が、恋愛なんじゃないかな。
藤沢 レストランガイドはそうですね。僕は学生のとき、まだ食べログ無き時代、某レストラン雑誌で、高くないのに写真で見ると内装がすごく綺麗でいい感じに紹介されていたお店に、当時つきあっていた女の子を連れていったんですよ。そしたら、本当に貧相な料理で、不味かったんですよ。ファミレスのほうがはるかに美味しい。メディアの情報をそのまま信じたらだダメだって学びましたね。それで後でわかったんですけど、こういう雑誌って、誰もが知ってる有名高級店を紹介して、その間を埋めるように微妙な店がステマ的に、多分、雑誌にお金を払って掲載してもらっている。確かに、その痛い経験で、すごくメディアリテラシーが付きました(笑)。
田端 そうなんですよ。そうやってメディアリテラシーは上がるんですよ。そういう意味で、かつての『POPEYE』や『ホットドッグ・プレス』に載っていたような、ある種いかがわしい恋愛マニュアルやデート指南は、一般庶民がメディアリテラシーを磨く上で貴重な存在だったんですね(笑)。
アレッ?ホットドッグ・プレスに書いてあったように試したのに全然上手く行かなかったぞ、なんでだろう……、と一般庶民の若い男がPDCAサイクルを回していく。こういうプロセスで、どういう情報は信じて、どういう情報は信じないほうがいいか?というメディアリテラシーが上がるわけですね。
だから、ホットドッグ・プレスなんかが廃刊して、こういう男性向け恋愛マニュアルみたいな雑誌が軒並みなくなっちゃったのは、困るんですよね。一般生活者のメディアリテラシーを確保していくうえで……。
藤沢 男性向けの恋愛マニュアル的なものが載っていた雑誌がすっかりなくなってしまって、恋愛工学がその抜けた穴を埋めているのかもしれない。
田端 かつての恋愛マニュアルにしろ、藤沢さんの恋愛工学にしろ、当然ながら100%正しいわけでも、100%間違っているわけでもない。自分が取り入れられると思う部分だけをつまみ食いしてアレンジすればいい、という当たり前のメディアリテラシーを、みんな取り戻したほうがいいと思うんですよ。そして、そういう生身の実体験に根ざした形でしか、本当のメディアリテラシーは育っていかないと思います。
藤沢 そうやって、メディアの言うことを鵜呑みにしないのは、とても大切なんですけど。でもね、投資の話に戻ると、株式投資でどの銘柄を買うのかを必死で考えていても、そのひとつ上のレイヤーの、株式に何割、不動産に何割というアセットアロケーションの段階で、全体のパフォーマンスの9割が決まっちゃうんですよ。僕はこれはメディアリテラシーにも当てはまると思うんです。そもそも信頼できるメディアや信頼できる発言をする識者を見極める力がすごく大切だと思うんです。電子工学的に言えば、SN比(Signal to Noise Ratio)が高いメディアなり人物を見抜く力、ということになります。
僕はSN比が高い作家でありたいし、少なくともそうなれるように努力することをいつも心がけているんです。
物理学Ph.D. 作家、投資家。海外の研究機関で計算実験の研究ののち、外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事しながら、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発の不都合な真実』(新潮新書)などのベストセラーを執筆。その後、日本、アジア、欧米諸国の恋愛市場で培った経験と学生時代より研究を続ける進化生物学の理論、さらには、心理学や金融工学のリスクマネジメントの技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。