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ニッポン 食の遺餐探訪

時代の転換点にある「ウスターソース」に突破口はあるか

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第37回】 2015年12月2日
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トリイソースのウスターソース

 昔の料理本を読むのが好きで、見かけるとつい買ってしまう。映画や絵画なら昔の人たちと同じものを味わうこともできるけれど、料理は消えてしまうものだから、写真と言葉から想像することしかできない。

 ところで、昭和のはじめの雑誌にはウスターソースが多く登場する。コロッケやトンカツにかける以外にも、鮭と一緒に炒めたご飯の味付けに使ったり、肉を煮たりと今よりも幅広く使われている。当時の人にとってソースは時代の変化を象徴する、どこか外国の香りのするものだったに違いない。その時代を想像するのもまた楽しい。

 ウスターソースは元々、イギリスのウスターシャー市で生まれた調味料。日本に入ってきたのは明治時代で、その頃は洋式醤油と呼ばれていた。やがて、神戸や大阪をはじめ、日本全国で製造がはじまる。そして、戦時中に海軍、陸軍食にコロッケなどの洋食が取り入れられたことで日本に定着した。

 イギリス産の元祖ウスターソースは、アンチョビやタマリンドなどが入ったもので、さらっとしてシャープな味。それに対して日本のウスターソースは元祖より塩気は弱く、甘味と旨味が強い。

 外国の文化を輸入して、独自のものに昇華していくのは日本人のお家芸である。ソースは日本人の好みにあうようにアンチョビを昆布に置き換えるなどして、日本独特の調味料に進化してきた。

 濃い焦げ茶色は馴染みのある醤油に似せるため、果物が使われはじめたのは戦後の食糧難から(果物は統制外だった)と言われている。日本にウスターソースが伝わった歴史的経緯については、まだ調べる余地はありそうだ。

 ところで当時のソースといえばさらっとしたウスターソース。とんかつソースや中濃ソースといった濃度のあるソースは、戦後に発明されたものである。さて、この『ウスターソース、中濃ソース、とんかつソース』の違いはなんだろうか? 実は基本的な作り方は同じで、日本農水規格ではウスターソース、中濃ソース、濃厚ソース(とんかつソースやお好み焼きソースなど)は粘度によって分類されている。メーカーによって加える材料に違いはあるが、簡単に言えば中濃ソースは濃厚なウスターソースのことである。

 中濃ソースを最初に発売したのは千葉県に本社を置くキッコーマンで、その影響からか関西はウスターソース、関東は中濃ソースという文化圏が現在でも残っている。

 ソース業界の特殊さはそうした地域性の強さにある。例えば大手のソースメーカーとして関東のブルドッグソースが有名だが、関西でのシェアは低い。逆に東京で関西のイカリやオリバー、ヘルメスといったソースを見かけることは少ない。中部ではカゴメやコーミソースが強い、といった具合で、ソースを味わうと日本の食の多様性がよくわかる。〈地ソース〉という言葉があるが、一説には全国には200社ほどのソースメーカーがあるそうで、それぞれに地元の味がある。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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