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ニッポン 食の遺餐探訪

じつは世界の寿司ブームを支えていた!?
最古の調味料「酢」に見る控えめな日本らしさ

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第20回】 2014年7月2日
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パッケージのデザイン性にも優れているのが特徴。こういうのなら台所に1本、置いておきたくなる。

 先日、縁あって宮崎県を訪れた。東京から飛行機で2時間弱、意外と近いというのが印象だ。空港を出ると南国らしい県木、フェニックス、通称ヤシの木が出迎えてくれる。この木は宮崎市内のあちらこちらで見ることができる。

 「あの木がね、宮崎県人の労働意欲を削いでいると思うんです」

 案内してくれた地元の人間がのんびりとした口調で言うが、たしかに宮崎はいかにも南国らしいのんびりとした土地だ。

 日本は小さい島国だが、南北に長く、気候も文化も多様である。南の気候が育てた食文化のひとつに「黒酢」がある。黒酢といえば鹿児島が有名だが、宮崎でも元々薩摩藩だった東諸県郡では酢作りが行われている。今回はそこで伝統的な酢を製造している大山食品を訪ねた。

 地方を訪れると思いがけず、いい食材に出合うことがある。大山食品の酢もそのひとつだった。

 人間の最古の調味料と呼ばれる酢は酒文化とともにあって、その国の特有のものだ。ワイン文化の熟成した西洋ではワインビネガー、あるいはシードルからはりんご酢が生まれた。モルトビネガーはビール文化圏であるイギリス料理を形作る。我が国には5五世紀頃から米を使った酢が「からさけ(苦酒)」という名前で存在していた。

 海外に行くと意外と困るのが、質の良い米酢の入手だ。外国人が大好きな寿司も質のいい米酢がなければつくることはできない。酢というのは不思議な存在で、普段は決して目立たない。けれど、たしかに日本の味を支えている。

1日でお酢が作られる今の時代に
1~2年かかる昔ながらの製法を貫く

この湧き水がものすごくおいしかった。僕の生涯でもベスト5に入る水だった

 昭和5年創業の大山食品は綾町にある。綾町は有機農業の里と知られる。“自然生態系を生かし、育てる町にしよう”というかけ声とともに昭和63年から農薬や化学肥料を使わない有機農業を町ぐるみで推し進め、林業が衰退するなか照葉樹林都市・綾として、早くから国有林の保護に取り組んできた。それらのこともあり、綾町は名水百選に選ばれる「綾川湧水群」のある、水のいい土地としても知られる。

 大山食品の敷地に入ってすぐの場所にある湧水から、手のひらで水を掬って試飲させてもらった。純粋そのものなのに、丸みがある。湧水が美味しいのは山の照葉樹林と腐葉土のフィルターを通り、できたての酸素を含んでいるからだ。だから、味わうと気持ちまで軽くなる気がする。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

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