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ニッポン 食の遺餐探訪

日本人のみそ汁離れに打ち勝った、味噌屋の復活劇

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第31回】 2015年6月3日
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味噌汁は日本の食の基本。具材はなんでもいいという鷹揚さも見直されていい

 英語にcomfort foodという言葉がある。なごみ料理というか、安らぎメニューというか、ほっとする食べ物のことを指す。日本人にとっては一汁一菜の食事だろうか。ユネスコに登録された和食の定義は一汁三菜だが、一汁一菜こそ日本料理の基本だと思う。

 一汁一菜は『汁飯香』と呼ばれ、味噌汁、ご飯、漬け物のこと。最低限にして十分な食事で、なかでも味噌汁は特別な存在だ。

 ところで日本人が味噌汁を食べなくなった、と報じられて久しい。味噌の消費量は1970年をピークに減少に転じ、現在は半分ほど。ある記事によると消費量を味噌汁に換算すると一週間に平均3杯という計算になるらしい。にわかには信じがたいことだが、どうやら味噌汁が食卓にのぼる機会は減っているようだ。

 そういえば先日、管理栄養士の先生からお話を伺う機会があったのだけど、こんな話を聞いた。

 「最近、また塩分の摂取量の基準がさらに見直されましたよね。そうなると味噌汁は献立に組み込みづらいんですね」

 なるほど、減塩のムードも味噌の消費量に影響しているようだ。塩分摂取量に関しては様々な見解がありここでは意見を述べることは控えるが、味噌はどうやら肩身が狭い状況にあるようだ。

絶滅寸前だった実家の味噌を
自らの手で再生させた元ライター

春駒屋の味噌。無添加なので酵母や乳酸菌が生きたままだ。なので保存は冷蔵庫で

 栃木県の東部、那珂川町。里山の自然を感じられる場所にある味噌店『はるこま屋』を訪れた。店主の五月女清以智さんは味噌醸造元の4代目、手がける天然醸造味噌は全国味噌鑑評会での受賞など高い評価を受けている。紹介された雑誌記事には『日本一原価の高い味噌』という文言が並ぶ。

──味噌業界は危機にあるという認識でいいのでしょうか。

 「そうですね。うちは違いますが、かつて味噌屋はお大尽がでないとできにくい業種だったんです。そもそも醸造業というのは資産を寝かせるわけで、豊かな人でないとできなかったですから。それが昭和30年代後半から高度経済成長にかけて、産業としては完全に取り残されたんですね。うちも味噌屋では経営が成り立たない、と別の商売をやりつつ、細々と味噌造りを続けていました。だから自分も全然継ぐ気はなかったんです。もう大変だから辞めたほうがいい、と親父に話したこともあったくらい」

 五月女さんは味噌造りを手伝いながら、フリーランスのライターとして雑誌などに記事を書きつつ、東京で暮らしていた。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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