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かつて、社員の離職率が28%に達しサイボウズは、どのようにして社員が辞めない「100人100通り」の働き方ができる会社になったのか? その過程と、多様性をマネジメントする手法を詳細に記した書籍、『チームのことだけ、考えた。』より、サイボウズの創業期から会社の改革に着手するまでの部分を紹介する連載の第7回です。
今も注目され続けるベンチャーの「ビジョンとミッション」が定まる過程が詳細に明かされます。

全社共通の理想を決めたい。
社員も私も共感できるものを

 全社共通の理想を決めよう。全メンバーが望む理想を見つけ出すのだ。

 でも、そんなものはあるのだろうか。現代は多様な時代だ。給料を上げるからといって頑張る社員ばかりではない。会社を大きくしたい人もいれば、少数精鋭の会社を作りたい人もいるだろう。本当に全メンバーが望む理想を作り出せるのだろうか。また、全メンバーが望む理想を置くことで、1人1人の個性や多様性を否定することにつながりはしないだろうか。

 子どものころ、私はテレビが大好きだった。テレビを通じて、野球やサッカーのようなチームスポーツのアニメをたくさん見てきた。たいていの場合、それらはこういう感じで話が進む。最初はチームにまとまりがない。メンバーの個性がぶつかり合って、喧嘩ばかりしている。しかし、何かのきっかけでチームがまとまり始める。「次の大会で必ず勝とう」。バラバラだったはずの集団は、いつしか共通の目的を持ち、一体感のあるチームへと変わる。1人1人の個性はユニークな強みになり、最後に理想は現実となる。

 多様な人たちをチームとして活かすためには、共通の理想が必要なのだ。多様な人材をチームで受け入れることと、チーム全体で共通の理想を持つことは、実は矛盾しない。共通の理想があるからこそ、多様な人たちを受け入れ、1つの方向に束ねていくことができる。サイボウズにはすでにさまざまな人が集まっている。彼らが魅力を感じる理想を探そう。

 社長就任当初、私は全社の共通目標として、3年で売上を倍増するという数値目標を定めた。その数値目標が理想として機能したかどうか、ある執行役員に聞いてみた。「あの目標は効果的な目標だったと思う?」彼にこう返された。「そんな目標ありましたっけ?」。

 これが現実だ。目標は共感されていないどころか、覚えられてもいなかった。目標は立てただけでは意味がない。メンバーによって覚えられ、共感され、目指そうというモチベーションを引き出すものでなければならない。メンバーが、そして私自身が、目指したい目標は何なのだろう。

 売上や利益を拡大することだろうか。利益率の高い安定した会社を作ることだろうか。社員を増やして大きな会社にすることだろうか。どれもイエスと言えばイエスなのだが、今ひとつしっくりこない。

 私には、M&Aを通じて学んだことが2つあった。1つ目は、売上や利益が増えることに私はあまり興味を持っていないということだ。1年半で9社も買収し、連結での売上は120億円を超えたが、そこに満足感も達成感も感じなかった。ワクワクすることもなく、数字が増えるのを他人事のように眺めていた。売上や利益が大事でないとは思わない。それらがあってこそ事業を拡大し、継続できる。しかし、私がこだわりたいポイントではなかったのだと理解した。上場企業の経営者が、売上や利益を追求しないのも珍しいかもしれないが、これが私だ。仕方がない。私が真剣になれるレースは別なのだ。

 2つ目は、私には残念ながらさまざまな事業を手掛けることにも興味が持てないということだ。通信、SI(システムインテグレーション)、ハードウェア、コンサルティング、ウェブサービス、さまざまな事業を買収した。どの事業も将来性がある分野だった。しかし、それらの事業に強く興味を抱く日はついに来なかった。興味を持とうと努力はしたが無駄だった。私にはオタク的な特性があり、狭い分野に没頭したいタイプなのだと気付いた。上場企業の経営者が事業を多角化できなくてよいのかとも思うが、やはりこれも仕方がない。理想は、目指す気持ちが湧いてこそ理想。そもそも社長である私が共感する理想でなければ、真剣に命を懸けて取り組むことはできない。それは何なのだろうか。

見えてきたビジョン。
グループウェアなら命を懸けても惜しくない

 私は子どものころを思い出した。子どものころから科学が大好きで、『子どもの科学』という雑誌を愛読していた。自由研究、電子工作、発明と工夫。私好みのテーマばかりで、毎月本が家に届くのを心待ちにしていた。新しい科学技術で世界が大きく変わっていくのは、心の底からワクワクする。私もいつかは最新の技術を使って、みんながびっくりするようなものを作りたいと思っていた。

 そして、私はソフトウェアが大好きだった。高校のときは、授業中でもノートにプログラムのコードを書いて喜んでいた。ソフトウェアは、コンピュータを自動操縦し、好きなだけ好きなように仕事をさせられる。ソフトウェアは創造力の塊だ。1台のコンピュータがあれば、100本でも1千本でも1万本でも好きなだけソフトウェアを作り出すことができる。ソフトウェアの力は無限だ。ソフトウェアは人間の知の結晶だ。

 大学に入ると、4年間ボランティアサークルに所属した。入学した1990年は、まだバブルの時代であったし、思い切り遊びたい気持ちが強かった。しかし、不利な外部環境に置かれている人たちの存在を知ると、どうにも落ち着かない。気付けばボランティアサークルに入っていた。残念ながら、サークル内で私が大した戦力になることはなかったが、それでも4年間継続して活動した。

 松下電工に入社してからは、事業部の人たちにパソコンを配り、ネットワークでつなぎ、使い方を教えることに喜びを感じていた。みんながパソコンとネットワークを使えるようになれば、さまざまな情報を共有でき、助け合って効率よく働けるようになるからだ。

 過去を振り返ることで、私が真剣になれることが見えてきた。そうだ、私は社会の役に立つソフトウェアを作りたいのだ。多くの人に使ってもらい、便利さに喜んでもらい、笑顔になってもらえるもの。そしてこう言われたい。「サイボウズ超便利。お前らのソフトのおかげで俺たちは最高に楽しく働けてるぜ」と。

 社会の役に立っている実感を得ながら、自信と誇りを持って最高のソフトウェア作りに取り組みたい。自分勝手な理想かもしれないが、これが私の個性だ。私がリーダーを務める以上、私自身の個性を活かすしかない。この理想であれば真剣になれる。命を懸けられる。

 果たしてメンバーは共感してくれるだろうか。私は社内を観察した。開発メンバーは、新しいグループウェアの開発に燃えていた。1万人を超える大企業でも安定して動作する新製品だ。それまでのサイボウズは中小企業向けのソフトしか作れないと思われていたが、この新製品で偏見を覆そうとしていた。そして、営業メンバーはその新製品を売り込むことに燃えていた。「お客さん、待っていてください。次のソフトは大企業である御社の仕事を変えますよ」。堂々と話している。顧客の役に立つ自信と誇りに満ちている。

 そもそも社員には、売上よりも大事にしているものがあったのだ。それを無視して売上や規模を拡大しようとした私こそが失敗の原因だったのだ。

 私はグループウェアが大好きだ。人々が効率よく協力し合って働くのを見るのはとても楽しい。思い返せば、創業した動機もそこにあった。売上を上げたいから会社を作ったわけではない。グループウェアというソフトウェアが、多くの人の役に立てると確信したから創業した。そのソフトを作りたいから創業した。

 私を含め、こんなにグループウェア好きの社員ばかりが集まっている会社は、世界的に見てもまれではないか。そうであれば、グループウェアに絞って理想を掲げ、そこで勝負しよう。グループウェアを通じて社会をより良いものに変えていけるのであれば、私は真剣になれる気がする。

 ただし、グループウェアは地味だ。世界で大流行し、今もなお拡大を続けているソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)と比べると、激しく地味だ。SNSは世界中の人たちと広くつながっていくが、グループウェアは閉じたメンバーが真面目に使うソフトだ。爆発的に拡がる気がまったくしない。業界の調査データによると、グループウェア市場はすでに飽和状態だ。今後、儲かるかどうかもよくわからない。少なくとも大きな金の匂いはしない。少しずつお金をいただきながら地味に続ける姿しか浮かばない。

 ただ、閉じたチームは面白い。濃い。熱い。夢も涙もそこにある。起業してから何度も顧客企業が変わるのを見てきた。閉塞感のある企業が、グループウェアの導入をきっかけに、社員同士の情報共有が進み、風通しの良い会社に変わるのを見てきた。グループウェア上での意見交換をきっかけに、社長のリーダーシップに火がついたのを見てきた。仕事の現場で起きた感動的な話が社内で共有され、社員の心が1つになるのを見てきた。話のネタは尽きない。私はグループウェアなら一生やり続けても飽きない自信がある。しかも、この分野ならいつか世界一になれる気がする。グループウェアなら命を懸けても惜しくない。

 もし世界中にグループウェアが普及したら、どんな社会になるだろうか。グループウェアを使いこなし、素晴らしい活動をするチームが世界中にある。すべての人間が、必ずどこかのチームに参加する。同時にいくつものチームに参加することもあるだろう。チームワーク活動を通じて得られる満足感。達成感。チームに貢献できる幸福感。そして、数多くの素晴らしいチームから生み出される数多くの素晴らしい成果。世界は幸福感を伴って進化していく。我々の活動の先には、そんな未来が見える。それまでおぼろげだったサイボウズのビジョンがはっきりしてきた。

ビジョナリー合宿で決まったミッション。
「弾み車」が動き始めた

 2007年6月1日の金曜日から2日の土曜日にかけて、その時点で残っていた執行役員クラスの8人で合宿をした。合宿のゴールは、共感できる理想を言葉にすること。短期ではなく長期。しかも5年や10年ではなく、30年後のゴールのイメージだ。永く掲げ続けられる理想の言葉を作ろう。

 合宿に行く前に、参加者全員で『ビジョナリー・カンパニー2』という本を読んでおくことにした。共通のキーワードがあると、議論しやすくなるからだ。私はこの合宿を「ビジョナリー合宿」と呼んでいる。この本で書かれている問い、「どのような偉大な企業にしたいか」「針鼠の概念(※)は何か」「我々が直視できていない厳しい現実は何か」の3点について議論し、明文化することを目的とした。

※針鼠の概念:『ビジョナリー・カンパニー2』第5章で解説される、優れた企業が持つ単純明快な戦略のこと。針鼠をしとめるために毎日あれやこれやと工夫をする狐に対し、針鼠はその都度その都度ただ体を丸めるだけでいつも狐を退けてしまうという古代ギリシャの寓話に由来する。

 そして、共通の理想を言葉で表した。

 「世界で一番使われるグループウェア・メーカーになる」

 事業分野をグループウェアに絞り込み、徹底的に集中する。世界一を測る基準は売上や利益ではない。どれだけ多くの人たちに使ってもらっているかだ。世界中のあらゆるチームで、我々が作ったグループウェアを使っていただく。そして、そのすべてのチームのチームワークを高める。チームワークあふれる社会を創る。これが我々がやること。サイボウズ全社共通の「ミッション」だ。

 全社の理想を言葉にすると、今まで買収してきた企業に対する方針も固まった。人生を懸けて取り組む事業が絞り込まれたのだから、それ以外の事業に時間を割くことはできない。真剣に取り組むことができないのであれば、私の意思決定下に置き続けることは失礼である。真剣に取り組む人たちが自分たちの意思で運営していったほうがよい。私の個人的な都合で大変申し訳ないが、各社に理解を求め、それから4年かけて買収した子会社の株式を売却した。2008年1月期に120億円あった連結の売上高は、4年後に約3分の1の42億円に激減。その過程でサイボウズは10億円強の損を出した。すべては私の責任だ。勉強代は安くなかった。だが、ぶれてはいけない。私が真剣になれることに絞り込み、真剣に取り組んでいく。それをやるだけだ。

 『ビジョナリー・カンパニー2』では、偉大な企業ができていく過程を「弾み車」と表現している。偉大な企業を作るのは、巨大で重い弾み車を回転させるのに似ているというたとえだ。動かし始めるときは大きな力が必要で、頑張った割に進まない気がする。しかし、ずっと根気よく同じ方向に押し続けていれば、弾み車が回転するペースは上がり、やがて勢いよく回り始める。サイボウズの弾み車は、ようやくゴロッと動き始めた気がした。

 ※次回は1/15公開予定です


 

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青野慶久 

あおの・よしひさ 1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2015年11月時点で有料契約社は12,000社を超える。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)がある。


サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか

書籍『チームのことだけ、考えた。』は、社員の離職率が28%に達し、ブラック企業になっていたサイボウズを、“社員が辞めない変な会社”に変えた、理系社長の奮闘記です。
この連載では、その冒頭部分、創業期から会社の改革に至るまでの「前史」とも言える部分を公開します。

「サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか」

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