ダイヤモンド社のビジネス情報サイト

かつて、社員の離職率が28%に達しサイボウズは、どのようにして社員が辞めない「100人100通り」の働き方ができる会社になったのか? その過程と、多様性をマネジメントする手法を詳細に記した書籍、『チームのことだけ、考えた。』より、サイボウズの創業期から会社の改革に着手するまでの部分を紹介する連載の第6回。
青野社長が松下幸之助氏の言葉から発見した経営の基本法則を紹介します。

基本法則の発見。
「人間は理想に向かって行動する」

 さて、サイボウズを復活させていくには真剣さが必要だというところまでは理解できた。命を懸けるような思いがなければ、前に進むことはできない。社長になって2年間、大きな失敗をした。しかし、こんな私でもまだついてきてくれる人がたくさんいる。失敗を許してくれた仲間がいる。一度は死を覚悟した身だ。残りの仕事人生は、彼らにすべて捧げてもかまわない。そこまでは決めた。でも、何からやればよいのだろう。命懸けで強い組織を作るにはどうすればいいのか。何をすべきか。その課題を考えることから始めた。

 私は子どものころから理系少年であった。父が警察の通信部門に勤務しており、通信や電子回路に詳しかった。父が回路を設計し、エッチングした基盤を使ってデジタル時計や高性能ラジオが作られていくのをワクワクしながら見ていた。私自身も理系脳だった。物理や数学など理科系の教科のほうが楽しかった。かたや人間の心のわびさびの話になると、さっぱりついていけなかった。論理的に問題を解けない教科には興味が持てなかった。

 特に物理が好きだった。基本法則を理解すれば、世の中のさまざまな現象を論理的に説明できる。その中でもニュートン力学がとりわけ好きだった。美を感じた。質量mの物体をaの加速度で動かす力をF=maと定義するところから始まり、慣性の法則、作用・反作用の法則、そして、重力による位置エネルギーの式「E=mgh」に至る一連の流れは論理的な美しさを感じた。空中に置かれた物体が持っている位置エネルギーは、質量mと重力加速度gと高さhの掛け合わせで表せる。極めてシンプルだ。手を放すと、位置エネルギーが運動エネルギーに変化する。わかりやすい。

 世界中、いや宇宙中で起きている現象が、ここまでシンプルな法則で表せるのだ。きっと経営にも似たような法則があるのではないか。その法則を知らないから、私は意思決定や行動にぶれが生じる。基本法則を見つけ出すことができれば、もっと上手に経営できるのではないか。

 私は30歳を過ぎたあたりから自分の記憶に限界を感じており、本で知ったり、人から教えてもらったりしたことをデータベースにまとめている(もちろんサイボウズ製品だ)。せっかく学んだことを忘れるのはもったいないし、学んだことの中から新しい発見があるかもしれないからだ。メモはカテゴリーに分けて保管しており、現在、全部で700テーマを超えている。ビジネス書から学んだ他の経営者の考えや、社外の有識者から学んだこと、社外の研修で得たこと、社員に教えてもらったこと、ビジネス系のテレビ番組で得たことなど、忘れたくないことはデータベースに整理していくのが私の学び方だ。

 なかでも松下幸之助氏の本は数多く読んだ。もともと松下電工に勤務していたこともあるし、経営の神様と評されることもあるし、学べるネタが多いのではないかと考えた。松下幸之助氏が残した言葉には特徴がある。「シンプルだがわかりにくい」ということである。たとえば、経営のコツについて「宇宙の真理に従うこと」と説いておられる。その真理とは、「生成発展(古きものが滅び、新しきものが生まれる万物流転の原則)」だ。生成発展という原理原則に沿って経営していけばうまくいくとのことだ。

 うーむ、意味はわかる。しかし、自分が経営するうえで、どのように活用していけばよいかわからない。どれが滅ぼすべき古きもので、どれが伸ばすべき新しきものなのか、答えが出ない。どれだけ真理を表していても、私が使えなければ意味がない。私が日々判断し、行動していくときに使える等身大の法則を見つけ出さねばならない。

 過去のメモを何度も読み返していく中で、ある共通項に気が付いた。それがこちらである。

 「人間は理想に向かって行動する」

 ブルッと体が震えた。神が降りてきたと思った。これは経営の基本法則として使えるのではないだろうか。

 「理想」とは、その人が望んでいる未来だ。すべての人は、自分が望んでいる未来に向かって行動する。理想とは、言い換えれば「夢」であり、「目的」であり、「目標」であり、「ビジョン」であり、「欲」である。表現方法こそ違えど、同義の言葉だと気付いた。その人が「こうなるといいなあ」と思うものすべてが「理想」であり、人はその理想を実現したいがために行動する。実現したくない理想に向かっては行動しない。

 人間は何かしら理想と現実の差を抱えて生きている。現実として「空腹」である人は、理想として「満腹」になりたいと願う。そこに差がある。この問題を解決するために「食べる」という課題を設定して行動する。そして、現実は理想に近づき、問題は解決する。とてもシンプルな法則だ。

 努力して事を成し遂げた偉人は称賛される。我々は、偉人の凄まじい努力に目をやりがちだが、努力をしたのは理想を強く望んでいたからだ。努力の前に理想がある。どうしてもその理想を実現したかったから努力したのだ。どのような偉人でも同じはずだ。理想への強い思いがあれば、人は努力するのである。

 普段私たちが「欲」という言葉を使うときは、「欲張り」「強欲」のように、ネガティブな意味で使うことが多い。しかし、本質的には「夢」や「ビジョン」と同義である。甲子園に出場したいのは欲であり夢である。世界の平和を願うのは欲であり夢である。

 人の行動はすべて「理想」によって引き出されている。現実に満足できず、理想を持ち、実現したいという欲望があるから人は課題に取り組む。人間はこの法則で動いている。この法則をもとに考えれば、現在サイボウズで発生している問題を論理的に説明できる気がした。

 なぜ社員が辞めるのか。それは、辞めることで理想を実現したいからだ。たとえば、もっと残業を減らしたい、もっとスキルが上がる仕事をしたい、もっと高い給料が欲しいなど。その理想を実現するには、サイボウズに残るよりも「転職する」という課題を遂行したほうが近いと考えたから辞めたのだ。サイボウズに残ったほうが理想に近付けると感じていれば、辞めなかったに違いない。すべての社員は理想を持ち、その理想に向けて課題を遂行しているのだ。

 なぜ社員が会社に対して不満を口にするのか。この法則から考えれば論理的に説明できる。「もっと自分の理想に近い会社だといいのに」と願っているからだ。かっこよく言えば、現在の会社の状況に満足せず、高い理想を持っているからだ。だから不満という感情が生まれるのだ。対策はシンプルだ。その理想を聞き出し、実現するための課題を考え、それを遂行していけばよい。課題を遂行しても実現できないのであれば、あきらめてもらうしかない。不満を口にする社員に対し、感情的に対応する必要はまったくない。

 この法則に気付いたおかげで、サイボウズに一体感がない原因も理解できるようになった。サイボウズには共通の理想がないのだ。従業員がそれぞれバラバラの理想を持ち、バラバラに活動しているのだ。たとえるならば、七夕の短冊だ。それぞれ違う願い事が同じ竹につけられている。どこに向いて進めばよいかわからない竹だ。それが今のサイボウズだ。共通の理想を作らなかったわけではない。社長就任当初には3年で売上を倍増することを全社目標として掲げた。しかし、社員の共感は得られなかった。望まれなければメンバーの一体感につながるはずがない。基本法則通りにサイボウズが動いていることを理解できた。

 「人間は理想に向かって行動する」――この法則は、特に目新しいものではない。しかし、数ある教えの中から、最も根本的で、最も効果的に使えるシンプルな法則を探していた。それがこの法則だと理解した。これこそが最重要の基本法則で、この法則にさえ沿って経営していけば、たいていの問題は解決できるのではないか。私にはニュートン力学以上に強烈にヒットした。

 この法則に基づいて考えれば、私が次にやるべきことは明確だ。このサイボウズという組織における、全社共通で最高最大の理想を決めることである。成立条件はただ1つ。サイボウズのメンバー全員が「そうなりたい」と思えること。高い理想でも低い理想でもかまわない。全メンバーが共感できる理想であれば、一体感を持って目指していけるはずだ。
 
※次回は1/8公開予定です

スペシャル・インフォメーションPR
ダイヤモンド・オンライン 関連記事
トヨタの伝説のディーラーが教える 絶対に目標達成するリーダーの仕事

トヨタの伝説のディーラーが教える 絶対に目標達成するリーダーの仕事

須賀 正則 著

定価(税込):本体1,400円+税   発行年月:2016年9月

<内容紹介>
ライバル店がひしめくエリアの新店舗で、他店舗からの寄せ集めメンバーを導き、トヨタ販売店史上最高となる48か月連続で目標を達成! トヨタの現場リーダーとして伝説を作った著者による、どんなメンバーでも目標達成し続けるリーダーシップ術を公開する。管理職からバイトリーダーまで使える!

本を購入する
ダイヤモンド社の電子書籍
(POSデータ調べ、9/11~9/17)


注目のトピックスPR


青野慶久 

あおの・よしひさ 1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2015年11月時点で有料契約社は12,000社を超える。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)がある。


サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか

書籍『チームのことだけ、考えた。』は、社員の離職率が28%に達し、ブラック企業になっていたサイボウズを、“社員が辞めない変な会社”に変えた、理系社長の奮闘記です。
この連載では、その冒頭部分、創業期から会社の改革に至るまでの「前史」とも言える部分を公開します。

「サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか」

⇒バックナンバー一覧