ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
日本に巣食う「学歴病」の正体

大企業に今なお根を張る
「学歴病おじさん社員」の量産システム

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第2回】 2016年1月19日
1
nextpage

この実力主義の企業社会で
なぜ「学歴病」はなくならないのか?

中高年になるまで社員の選別が行われない大手企業には、「学歴病」が生まれる下地が根強く残っている(写真はイメージです)

 日本の企業社会に「学歴病」がいまだ根強く存在する背景には、いったい何があるのか。今回は、筆者が過去の一時期に接した「学歴病」にかかった中高年社員の姿と、日本的経営の特徴を交えながら、その正体をさらに深く考察したい。

 はじめに、人事コンサルタントとして30年ほどのキャリアを持つ林明文氏(コンサルティング会社・トランスラクチャ代表取締役)は、これから本稿で筆者が取り上げる「学歴病の中高年社員」について語ったところ、こんな感想をくれた。

 「まじめに人事を考える身からすると、やり切れない話です。皮肉るわけではありませんが、今の日本では、このような人たちは恵まれた会社員です。中小・ベンチャー企業に、こんな中高年を雇う経営的な余裕はありません。

 東京五輪の2020年までは、日本の経済はなんとかなるのかもしれません。それ以降は、想像できないほどに厳しい時代になります。本来は、このような社員への対応を含め、人事の改革は急いで進めるべきなのですが、それが十分にはできていないのです」

 人事コンサルタントにここまで手厳しく評価される「学歴病の中高年社員」とは、どんな人々なのか。彼らは皆、ある大手企業に勤めていた。その会社の名前は、ここでは「N社」としておこう。2000~2006年前後、N社は注目を浴びる存在だった。

 かねてから、様々な内紛を抱えていた。労働組合は、連合・全労連・全労協などに加盟する労組がいくつもある。それらの中での争いも絶えない。役員や管理職による使途不明金や、部下へのいじめ、パワハラ、セクハラなどの不祥事も取り沙汰されていた。2000~2006年にかけてその世論が爆発した大きな理由の1つが、トップ(会長)の記者会見などにおける挑戦的な言動だった。メディアは一斉に会長への批判を繰り返した。厳しい世論の中、会長は退陣に追い込まれた。

 筆者は、N社の内紛を記事にしようとした。通常、企業の取材は、広報部(課)に交渉する。しかし、内紛を記事にする場合は、広報は取材を受けない。筆者がN社の広報に連絡をしても、断わりを受けた。

 そこで、N社の社員が出入りするスナックに通うようにした。「この店に、N社に勤務する中高年の社員が連日押しかけ、盛んに学歴の話をしている」と、N社に出入りする大手タクシーの運転手たちから聞いたためである(ちなみに、このスナックのエピソードは、これまで筆者の複数の連載で紹介したことがある)。

 店は、とある雑居ビルの5階にあった。薄暗い部屋の奥にあるソファからは、N社のそびえ立つ本社ビルが見えた。店には、数年間で20回近く通った。午後8時~11時までは、1日平均15人前後の客がいる。平均年齢は、40代前半から後半。多くは、男性である。確かに、そのほとんどがN社の中高年で「傷」を持った人たちだった。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
ビジネスプロフェッショナルの方必見!年収2,000万円以上の求人特集
ビジネスプロフェッショナルの方必見!
年収2,000万円以上の求人特集

管理職、経営、スペシャリストなどのキーポジションを国内外の優良・成長企業が求めています。まずはあなたの業界の求人を覗いてみませんか?[PR]

経営課題解決まとめ企業経営・組織マネジメントに役立つ記事をテーマごとにセレクトしました

クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

注目のトピックスPR

話題の記事

吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


日本に巣食う「学歴病」の正体

 今の日本には、「学歴」を基に個人を評価することが「時代遅れ」という風潮がある。しかし、表には出にくくなっても、他者の学歴に対する興味や差別意識、自分の学歴に対する優越感、劣等感などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。

たとえば日本企業の中には、採用において人事が学生に学歴を聞かない、社員の配属、人事評価、昇格、あるいは左遷や降格に際しては仕事における個人の能力や成果のみを参考にする、という考え方が広まっている。しかし実際には、学歴によって選別しているとしか思えない不当な人事はまだまだ多く、学閥のようなコミュニティもいまだに根強く存在する。学歴が表向きに語られなくなったことで、「何を基準に人を判断すればいいのか」「自分は何を基準に判断されているのか」がわかりずらくなり、戸惑いも生まれている。こうした状況は、時として、人間関係における閉塞感やトラブルを招くこともある。

 これまでの取材で筆者は、学歴に関する実に多くのビジネスパーソンの悲喜こもごもを見て来た。学歴に翻弄される彼らの姿は、まるで「学歴病」に憑りつかれているようだった。学歴は「古くて新しい問題」なのだ。本連載では、そうした「学歴病」の正体を検証しながら、これからの時代に我々が意識すべき価値基準の在り方を考える。

「日本に巣食う「学歴病」の正体」

⇒バックナンバー一覧