『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などの大ヒットを生み出したのち、大手出版社を辞め、作家エージェントを起業した編集者・佐渡島庸平氏。彼が大切にしているのは「仮説を立てる」ということだ。
仮説を立てる――。ビジネスにおいては基本ともいえるが、佐渡島氏は「仮説・検証がきちんとできている人はあまりいない」と語る。彼のいう「仮説を立てる」とはいったいどういうことなのだろうか?
本連載では早くも3刷と好評を博している佐渡島庸平氏初の著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』のエッセンスを紹介していく。
過去のデータで判断するなら人工知能で十分
コルクの副社長の寺田が、転職してくる前に『東京ユートピア』という本を出版したときのことです。その本は彼の海外での経験を書いたエッセイで、食、語学、旅行というジャンルには当てはめることができないものでした。「こういう本です」とひと言では表しにくいけれど、読むと内容はおもしろい。
しかし、複数の出版社に企画を持ち込んだ彼が聞かされたのは「おもしろいけれど、うちでは出せません」という言葉。「類書がないから」というのが理由でした。
似たような本、つまり類書があれば、どれくらいの部数を刷ればいいかわかります。「食べ物のエッセイだったらこれくらい」「子育てのエッセイだったらこれくらい」という具合に、今までに出た類書のデータで売り上げを予想できるわけです。しかし、類書がないとそういったデータがないから予測が立てられない。だから「出せない」というのです。
そもそも、編集者って何のためにいるのでしょうか? 類書の売り上げデータを見て、売り上げを予想するなら、人工知能で十分です。
そうではなくて「この文章を書いた人間は才能があるかどうか」を「世間には存在しないデータ」をもとに、自分の感性だけで決断することができる、それが編集者の特権なのです。
ところが出版社の人たち自身が、自分の持っている特権を放棄してしまって、類書のデータを探す。そういう仕事のやり方であれば、編集者が誰であってもよくなってしまいます。
これは編集者だけの話ではありません。
いろんな職業の人が特権を持っています。テレビのディレクターも、ファッションデザイナーも、自分の責任と感性に従って、「これはいい」と思ったものを世に出すことができます。それなのに、自分の感性よりも類書や前例のデータに頼ってしまう。
多くの人は重要な決断を迫られたときに、できるだけたくさんの情報を集めて、それから仮説を導くと思います。でも、そうしていると新しいことは何も生まれません。
なんとなく集まってくる情報を大切に
では、どうすればいいのか?
ぼくは「情報を無視しろ」と言いたいわけではありません。
仮説を立てるときは、誰でも得られるような数字のデータではなく、「日常生活の中で、なんとなく集まってくる情報」そして「自分の中にある価値観」のほうが大切なのです。
決断するためにわざわざ集めた情報の多くは、「過去」のものです。それに頼ると、気付けば「前例主義」に完全に陥ってしまいます。
前例主義に陥らないためには「先に」仮説を立ててみることです。
そしてその仮説を補強・修正するために、情報を集めてくる。その順番が大切です。
「情報→仮説→実行→検証」ではなく「仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証」という順番で思考することで、現状に風穴を開けることができるのです。
ぼくは、これからの日本の出版業界において、「エージェント業」というものが立ち上がることが、出版・コンテンツビジネスの活性化にとっても、一人ひとりの作者にとっても、読者にとってもいいんじゃないか、という仮説を立ち上げました。
まず仮説を立てよ。データ集めはそれからだ
これは「過去」の数字を集めてきて出てきた仮説ではなく、日々作家と過ごす経験をもとに考えだした仮説です。
それで、その仮説を確かめるために、情報を集めたのです。すると、欧米の作家は、エージェントがいるのが一般的だとわかりました。日本のように、出版社がその役を半ば担っているのは、世界基準ではなかったのです。
堀江貴文さんからは、「ネット上で多数のメディアが生まれるから、編集者よりも作家のほうがずっと多くなる。よって、編集者が作家に依頼しに行くのでなく、作家が自分にあった編集者を探す時代がくる」という話も伺いました。
こうしてぼくの中で「エージェント業が、これからの編集者の仕事の形態となる」という確信が強まっていきました。ただ起業前は、それをまわりにいくら言っても信じてもらえなかった。それでもぼくには、作家のエージェント業を始めれば、作家にも読者にも出版社にも、みんながハッピーになれる未来が待っているように思えてならなかった。「じゃあ試してみよう」と思って、会社を立ち上げたのです。
実際に起業してみると、取引先や読者、作家の方々からいろんなフィードバックが返ってきます。そうした情報をもとに、仮説を検証しながら、産業として成り立たせる道を今探っているのです。
過去の数字を集めてきても新しいことはできません。
日々の経験の中の見えないデータを信じて、自分が正しいと感じる仮説を立てること。そして、その仮説を実証するために全力で動くこと。さらに、得られたフィードバックをもとに仮説・検証を行うこと。それが大切なのです。
※明日に続きます