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日本に巣食う「学歴病」の正体

高学歴なのに出世が遅いのはなぜ?
悩み深きエリート社員が増える背景(下)

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第4回】 2016年2月2日
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>>(上)より続く

 「企業では、総額人件費の管理をより一層、厳密にせざるを得なくなります。役員など幹部の数は間違いなく減ります。幹部がごく少数になる以上、そのセレクトの仕方も考え直さないといけない。東大卒や京大卒という学歴よりも、たとえば、もっと実践的なことを学ぶMBAの取得などが1つの保障になり得る時代になると思います。少なくとも、『どこの大学を卒業したか』ということよりは、はるかに意味を持つようになるはずです」

 筆者は、ある社会学者の見解について林氏に問うてみた。その学者は、「東大出身者は受験勉強を通じ、潜在的な能力、たとえば耐える心や競争心などを強く身に付けている」と語っていた。それは本当だろうか。林氏はこう指摘する。

 「その潜在的な能力や競争心は根拠が希薄であり、証明するデータがないのではないでしょうか。そのような見方に必要以上に影響を受けていることこそ、『学歴病』です。人材の評価には、もっと説得力のあるものが本来は必要なのです。そうでないと、人は育たないし、強い企業をつくることができないのです」

大卒社員を十把ひとからげにした体制を
頑なに守ろうとする経営陣の思惑

 B氏の事例をもとに、こんな指摘もする。

 「B氏が勤める会社の場合、大卒の多くが営業をしています。そもそも、この会社の営業の仕事に大卒が必要であるかどうかを、本来は考えるべきです。高卒でも専門卒でも、十分にでき得るかもしれません。人件費の厳密な管理には、必要な視点です。あるいは、東大、京大卒の新人を超総合職として雇い、ハイリスク・ハイリターンの報酬スタイルに変えることも検討すべきです。大卒をいくつかのグループに分けたほうが、経済合理性があるのです。はるか前の大卒と今の大卒の意味は、大きく異なっているのですから……。

 ところが、大企業の経営者らに私がそうしたことを提案しても、なかなか受け入れられません。彼らは、大卒社員を十把ひとからげにした、現在の体制をあくまで守ろうとします。たとえば、こんな具合に話されます。『お話は理解できるのですが、私が社長をしている間は、そんなことはできません。役員や管理職を大幅に減らすこともしません』と」

 林氏が強調したのが、次の内容だった。

 「サラリーマン経営者である彼らが、そんな過酷なことをしたら、ムラ社会では生きていけなくなります。長期安定雇用の中、でき上がった同質性の文化を壊すことは、彼らには決してできない。どのみち、数年で退任するわけですから……。10~20年後のことを考えるサラリーマン経営者は、少ないはずです。上場企業である以上、彼らは短期の業績責任しかない。業績が下がれば、頭を下げて辞任するだけです。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


日本に巣食う「学歴病」の正体

 今の日本には、「学歴」を基に個人を評価することが「時代遅れ」という風潮がある。しかし、表には出にくくなっても、他者の学歴に対する興味や差別意識、自分の学歴に対する優越感、劣等感などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。

たとえば日本企業の中には、採用において人事が学生に学歴を聞かない、社員の配属、人事評価、昇格、あるいは左遷や降格に際しては仕事における個人の能力や成果のみを参考にする、という考え方が広まっている。しかし実際には、学歴によって選別しているとしか思えない不当な人事はまだまだ多く、学閥のようなコミュニティもいまだに根強く存在する。学歴が表向きに語られなくなったことで、「何を基準に人を判断すればいいのか」「自分は何を基準に判断されているのか」がわかりずらくなり、戸惑いも生まれている。こうした状況は、時として、人間関係における閉塞感やトラブルを招くこともある。

 これまでの取材で筆者は、学歴に関する実に多くのビジネスパーソンの悲喜こもごもを見て来た。学歴に翻弄される彼らの姿は、まるで「学歴病」に憑りつかれているようだった。学歴は「古くて新しい問題」なのだ。本連載では、そうした「学歴病」の正体を検証しながら、これからの時代に我々が意識すべき価値基準の在り方を考える。

「日本に巣食う「学歴病」の正体」

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