渋顔が多い日銀総裁の中で、黒田東彦総裁はなぜか微笑みを絶やさない。安倍首相の勉強会・国際経済分析会合でノーベル賞学者のジョセフ・スティグリッツ氏や、ポール・クルーグマン氏と並んだ時も、笑っていた。TVに映ってニコニコ顔に「黒田さん、笑ってられる場ですか」と突っ込みを入れたくなった。世界の「賢人」は、日本経済の危うさを指摘し「消費税増税を実施できる経済状況でない」と進言し、首相は「消費増税先送り」へと動き始めた。
日銀の見立ては「景気は緩やかに回復中」だったはずだ。それが正しいなら消費税見送りという結論にはならない。「リーマンショック級の事態が起きない限り消費増税は実施する」と首相は繰り返し言っていた。
異次元緩和に踏み切ったのは「政府は財政健全化に努める」ことが条件だった。ところが、猛烈な勢いでお札を刷って財政赤字を埋める「日銀による財政ファイナンス」が進んでいる。後世、黒田氏は「中央銀行の規律を崩壊させた総裁」と言われるのではないか。理由は3つ。①国債バブルを発生させた。②事実上の国債日銀引き受けを行った。③中央銀行の政治的独立を放棄した。
笑っている場合ではない。
2013年の政策アコードで
政府と日銀は財政規律を“約束”
「政策アコード」という取り決めがある。2013年、白川方明日銀総裁の日銀と政府の間で取り交わされた協定だ。日銀は国債を買い上げて金融機関に流動性(通貨)を供給する。政府は財政健全化に努め、国債の膨張を抑制する。そんな約束だった。
「市場に出回る資金を増やすため日銀は国債を買うが、政府がこれ幸いと財政赤字を膨らませたら大変、ということで念のため約束を取り交わした」
日銀の政策担当者はそう言っていた。
「政府が財政規律を緩めることの片棒を担ぎませんよ」という日銀に、政府が「大丈夫、財政節度は守るから」と応じたのが政策アコードだ。
そのころ日銀が買い上げる国債は年間5兆円程度だった(2012年の取り決め)。これぐらいなら財政も緩むまい、という判断だった。ところが、黒田総裁が就任すると「異次元の金融緩和」が始まり、買い入れ額は一桁上がって50兆円に膨れた。
「そんな無茶苦茶な」と金融界は驚いた。常識はずれの政策まで動員し日銀の本気を示す、ショック療法である。「インフレがやってくる」と世間が受け取れば、「今のうちにカネを使ってしまえ」と消費や投資が誘発される、というシナリオだった。