金融の枠を超えた人財を採用 専門性と経験が交差するAML対策室
りそな銀行は2020年からキャリア採用を強化している。公的資金の返済を終え、銀行としてより革新的かつ発展的に事業を広げる段階へと移行したためだ。過去2年間、キャリア採用は毎年200名を超え、年間採用者に占める割合が3割程度の規模となっている。
採用者の出身業界は金融と非金融が半々で、不動産やITなど銀行業務に直結しない分野の人財も積極的に迎え入れている。同社には「銀行=プロパー」という固定観念がなく、能力と実績があればキャリアかプロパーかを問わず要職に就ける風土がある。
キャリア採用者の増加により、外部経験に基づく提案が経営層に届きやすくなり、従来の良さを残しつつ新しいことに挑戦する姿勢が社内に広がっている。
今回は、キャリア採用を積極的に進めているAML金融犯罪対策室の事例を紹介する。室長の高吉賢吾氏は同室の仕事を次のように説明する。
「AML、つまりアンチ・マネーロンダリングの業務は、単に法令を遵守するだけではなく、金融の仕組みを犯罪に悪用させない“社会的な防波堤”を築くことにあると考えています。麻薬や窃盗などの犯罪で得た資金を銀行口座で何度も動かしてその出所を隠し、犯罪者やテロリストなどが自由に使えるようにするといった行為を防ぐのが基本的な役割です。さらに、振り込め詐欺やフィッシングのように金融インフラを悪用した犯罪を抑止することも大事な使命です。私はAMLを“金融サービスを悪用させないためのワクチン作り”と表現しています」
りそなホールディングス AML金融犯罪対策室長 高吉賢吾氏
同部署の立ち上げは2018年。当初は小規模な体制だったが、業務の拡大に伴い外部の力も積極的に取り入れるようになった。キャリア採用を始めた背景には、金融犯罪対策という分野が、一般的な銀行業務の経験だけで自然に身につくものではなく、特殊な知識や経験を必要とする事情がある。高吉氏はこの業務について、銀行実務に関する知識や経験に加え、専門的な知見や多面的な発想との融合が不可欠と考えている。
「キャリア採用で求めたのは、まずシステムに強く、技術を通じてAMLの仕組みを構築できる人財です。銀行では日々膨大な量の取引が行われており、不正の検知や対処を有効に行うためにはシステムの活用が不可欠です。法令や犯罪の手口を理解し、それを仕組みに落とし込む力が必要でした。一方で、企画やマネジメントにたけた人財も求めていました。社内のルールを策定し、現場に浸透させ、遵守状況を確認しながら課題を改善する役割です。前者はシステム企画やデータ分析等に高い専門性を持つ方、後者は他の金融機関等で企画業務を担ってきた方を採用しました」(高吉氏)
プロパーとキャリア採用の融合を進める上で、高吉氏が大切にしたのは「会話」だった。異なる常識や前提を持つメンバーが集まって一つのチームとして力を発揮するには、互いに考えていることを率直に伝え合うことが不可欠。通常のミーティングや1on1だけでなく、趣味や関心のある事項等を記載したプロフィールシートの掲示や座談会の企画など、プロパー・キャリア採用者を問わず部門全体でのコミュニケーションを活性化させる工夫を行った。さらに日常の中でも、「どういう発想でその仕組みを考えたのか」といった問い掛けを意識的に増やし、自然な「会話」を生み出していった。
「当社はさまざまな歴史や背景を持つ複数の銀行が合併して生まれた歴史を持ちます。そのため“こういう社風だから従業員がそれに合わせる”というより、むしろ一人ひとりの意思や行動が会社の色を形作っていると考えています。役職に過度に縛られず、上下関係もフラットな点は、キャリア採用者にとって働きやすい環境だと思います。外部からの視点が加わることで、私たちプロパーの“当たり前”が揺さぶられ、発想が広がる実感もあります。今後もキャリア採用者とプロパーが相互に刺激し合いながら成長していきたいと考えています」
ITとコンサルの知見を銀行へ 裁量とスピード感が支える働きやすさ
次に、実際にキャリア採用で入社した従業員に話を聞いた。1人目は、AML金融犯罪対策室のアドバイザーとして勤務する迫田真幸氏。システムエンジニアとして電機メーカー、ITコンサルタントとしてコンサルティング会社での勤務経験を持っている。
「電機メーカーでは、システム改善に加えてBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング:業務改革)やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング:外部への業務委託)に携わりました。コンサル時代は幅広い業界の案件を担当し、金融分野では生命保険、損害保険、銀行を経験。りそな銀行入社前も、AML業務の効率化・高度化に約2年従事していました。りそな銀行のキャリア採用に応募したのは、これまでに培ってきたITコンサルやプロジェクトマネジメント、データ分析の知見を活かせる環境だったからです。さらに、関西出身だったので、関西採用の枠があったことも魅力でした」
りそなホールディングス AML金融犯罪対策室 アドバイザー 迫田真幸氏
現在の職場では、データ分析を通じて検知モデルを構築し、数年先を見据えた新システムを提案、予算化し、金融犯罪を防ぐテクノロジーの実装につなげている。金融犯罪は多様化・複雑化しており、新しい手口が次々と出てくるため、それを防ぐ銀行側との「いたちごっこ」が常に繰り返される。AMLはそれらの新しい犯罪手口に対してより高度かつ効率的に対応する必要があり、非常にチャレンジングな領域であるという。ちなみにこの分野は競争領域ではないため、銀行間だけでなく業界を超えて対処方法やベストプラクティスを比較的オープンに共有するそうで、その協力関係もAMLならではの特徴だ。
「入社前は、銀行は上下関係が厳しいというイメージを持っていましたが、実際は非常にフラットで、役員や部長が隣に座っているような距離感です。入社直後から、自分の考えを役員に直接提案できる機会がありました。経営会議の場で自分の提案を自ら説明できる環境は他社にはなく、貴重な経験になりました。日々の業務では進捗を細かく管理されることはなく、長期的な視点でやり方やアプローチを任せてもらえます。もちろん成果を出すことが前提ですが、自身の経験やスキルを活かして社会課題に貢献でき、裁量も大きく、とても働きやすい職場です」(迫田氏)
リテール分野で知見を活かす決断 AMLの奥深さと社会的意義を追求
2人目は、同じくAML金融犯罪対策室のグループリーダーである工藤高生氏。金融機関において総合職として勤務し、市場運用や財務企画、さらには企画部門での規制対応など、多岐にわたる経験を積んできた。りそな銀行に入社してまだ1年半だが、すでに多くの裁量を任されているという。
「りそな銀行への入社前は、直近でAMLの部署に在籍し、当局の方針に基づく全社的な体制整備のプロジェクトマネジメントを担当していました。AMLは非常に奥深い領域であり、自分の知見をより活かすにはリテール分野が適していると考えていました。そこで、りそな銀行が“リテールNo.1”を掲げていたことが入社を決める大きな理由になりました。りそな銀行には、窓口営業時間の延長(他の銀行では通常15時までの窓口業務が17時まで)といった従来の銀行にない店頭改革など、新しいことに次々と挑戦している印象を持っていました」(工藤氏)
りそなホールディングス AML金融犯罪対策室 グループリーダー 工藤高生氏
現在、工藤氏は有効性の検証を担うチームに所属している。たとえば、店頭での本人確認や口座開設の手続きがルールどおり実施されているか、支店長の承認が適切に行われているか、お客さまへのヒアリングが的確に実施されているかなど、運用の実効性をチェックする役割だ。また不正検知できていない取引がないかデータを確認し、改善に向けたフィードバックも行っている。
「AMLは正解がなく、終わりの見えない領域です。金融は、世の中のお金を循環させるという正の側面がある一方、負の側面も存在します。その中で犯罪を防ぐ役割は社会的意義が大きいと感じています。成果は目に見えにくいものの、確実に社会の役に立っているという使命感を持って取り組んでいます」(工藤氏)
職場の雰囲気については、キャリア採用だからといって不利を感じることはないという。情報格差によるコミュニケーションの齟齬もなく、意思決定の速さには良い意味で驚かされ、また役員や部長との距離の近さも実感している。
「入社直後に、“外から来た人の客観的な意見こそ価値がある。臆せず発言してほしい”と求められました。責任は伴いますが、意見を求められる場面は多く、実際に役員へ直接提案できる機会もあります。裁量権も大きく、スピード感を持って取り組める環境があり、すでにキャリア採用者が活躍できる土壌は整っていると感じます」
ゼネラリストとスペシャリスト 多様な人財を活かす“複線型人事制度”の狙い
りそな銀行では、2021年4月に“複線型人事制度”を導入した。従来のゼネラリスト一本のキャリアパスに加え、専門性を重視したスペシャリストの道を明確に位置付ける仕組みで、現在はゼネラリストとスペシャリストを合わせて20コースが用意されている。ゼネラリストコースは、昇給や昇格を重ね、最終的に部長や支店長といったポストを目指す従来型のキャリア形成。一方、スペシャリストコースは、データサイエンスやIT、不動産といった専門領域に特化したキャリア形成が可能になる。
このコース制導入の背景には、多様な人財を活かしながら従業員一人ひとりをプロフェッショナルとして成長させたいという狙いがある。プロパーかキャリア採用かを区別せず、従業員としてフラットに存在し、適材適所で活躍できる体制を築いているのだ。専門性とマネジメント、その両方のキャリアに道筋を開いた点は、従来の銀行にはなかった新しいスタイルでもある。
キャリア採用を積極的に推進するりそな銀行。旧来型の銀行のイメージを覆しつつ、成長のスピードをさらに加速させている。
(※登場された方の肩書きは取材当時のものです)

