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地政学リスク
【第1回】 2016年4月15日
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倉都康行 [RPテック(リサーチアンドプライシングテクノロジー)株式会社代表取締役]

市場や経済を攪乱する現代の「地政学リスク」は
地域を拡大しつつ多様化している

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資本市場や市場経済の分野で「地政学リスク」が注目されるようになったのは21世紀に入ってからだ。日本国内でのビジネスや投資に限界が見えてきたいま、世界の何処にどう目を向けるべきか、眼力が問われる時代に生きているわれわれにとって、欠かせない視座といえる“地政学リスク”とは?

地政学リスクは資本市場や市場経済にどのような影響を与えるのか?

 資本市場や市場経済の分野で「地政学(Geopolitics)」という言葉が使われ始めたのは、21世紀に入ってからのことである。きっかけは、2001年9月11日に米国で起こった同時多発テロ事件であった。

 ニューヨークのワールドトレードセンタービルに向けて過激派組織に則られた飛行機が突っ込んでいく映像を、いまも生々しく記憶している人は多いはずだ。世界中に衝撃を与えたその行為は、為替市場から株式市場、債券市場、そして商品市場に至るまで、激しい変動を引き起こした。ショックのなかで世界経済も減速に向かうことになる。

 それから約1年後、2002年9月24日に開催されたFOMC(米連邦公開市場委員会)の議事要旨には「Geopolitics」という言葉が何度も登場し、資本市場と地政学リスクが鮮明に結びつけられた。以降、この「地理的環境と国際政治の関係」を捉えようとする視座を示す地政学という言葉が、市場用語として毎年のようにメディアのヘッドラインを賑わしている。2016年の資本市場も、新年早々にサウジアラビアがイランと断交するという衝撃的なニュースで幕を開けた。

 ただし、地政学というのは国際政治のフィールドでは特に新しい概念ではない。19世紀末から20世紀にかけて欧州やロシアを中心に繰り広げられた領土拡大への軍事闘争において、英国では地理学者マッキンダーが内陸勢力(ランド・パワー)と海洋勢力(シー・パワー)の抗争をユーラシア大陸心臓部(ハート・ランド)の支配を巡る戦いと位置づけた。対して、ドイツや米国でも独自の地政学論が展開され、それぞれの国家における20世紀の戦争論が形成されていったのである。

 無論、世界各地で起きる暴力的かつ軍事的な騒乱が経済や株価などに影響を与えたのは、2001年9月11日が初めてではない。歴史をたどれば、1815年のワーテルローの戦いで英国・オランダ・プロイセン軍がフランス軍を破った際に、ネイサン・ロスチャイルドがその情報力を活かして英国債市場でひと財産作った話もある。当時から、戦争は常に市場に直結していたのだ。

 また、1911年にサラエボに響いた一発の銃声がオーストリアの対セルビア宣戦布告を呼び、株価が急落して欧米の株式市場は相次いで休業を余儀なくされた。第一次世界大戦の口火が切られたその日、英国シティでは為替市場も麻痺し、英国蔵相の要職にあったデビッド・ロイド=ジョージ伯爵は「世界の信用取引の組織全体を破壊するような戦争がロンドンで始まろうとしている」と述懐していたという。

 21世紀の現在でも、中東をはじめとして北アフリカ、アジア、中南米、中東欧などあらゆる地域に地政学上の問題が存在し、活火山のようにしばしば噴火しては市場経済を脅かしている。地政学リスクは、バブルのDNAとともに、資本主義の黎明期からそのシステムの中に組み込まれていた、と言ってもよいのかもしれない。

 昨今の金融市場は、米国や日欧など中央銀行の一挙手一投足に目を奪われがちで、地政学リスクをどこか遠巻きに見ている風だった。

 たとえば、米国政治学者のイアン・ブレマー氏が率いる「ユーラシア・グループ」は毎年1月に世界的リスクを抽出して「トップテン」の発表を行っており、2015年を「地政学リスクが蘇る年」と銘打った。ロシアのクリミア併合やウクライナ干渉問題、IS(イスラム国)・イラク・シリア問題、サウジアラビアとイランの対立、中台関係の悪化、トルコの内政問題などを挙げて分析していた。実際はといえば、ウクライナに対するロシアの強硬な姿勢やシリア内戦の激化などはあったが、時に株価や為替に影響を与えることはあっても、全般的に地政学リスクが経済・金融市場を攪乱させたことはなかったと言える。

 2015年末のパリ同時多発テロやトルコによるロシア軍機撃墜などの事件に際しても、市場変動は限定的であった。「有事の安全資産買い」はほとんど見られず、金価格は低迷し円高も発生しなかった。むしろ多くの機関投資家は、そうした地政学リスクによって株価が押し下げられる場面を「絶好の投資機会」と捉えることも少なくなかったのである。

 ところが、2016年は一変した。サウジアラビアによるイランとの国交断絶や北朝鮮の水爆実験(北朝鮮の発表)など、世界を驚愕させる地政学ニュースで幕を開け、資本市場は同時株安やリスクオフの円買いなどの急変に見舞われた。忘れられかけていた地政学リスクが、市場に蘇ったかのようである。

 ブレマー氏は2016年の10大リスクとして、IS、サウジアラビア、ブラジル、トルコなどの政治リスクを挙げている。これまで米国の利上げのほか人民元や原油価格の動向だけに注意を払っていた投資家も、こうした地政学に目を向けないではいられなくなっているはずである。

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倉都康行 [RPテック(リサーチアンドプライシングテクノロジー)株式会社代表取締役]

くらつ・やすゆき/1979年東京大学経済学部卒。旧東京銀行で主にロンドン、香港、東京にて為替、証券、新商品開発、リスク管理業務などに従事。バンカース・トラスト、チェース・マンハッタン銀行のマネージング・ディレクターを経て2001年4月にRPテック株式会社を設立、代表取締役。日本金融学会会員。産業ファンド投資法人執行役員、セントラル短資FX監査役、マネタリー・アフェアーズ誌編集人、国際経済研究所客員シニアフェロー、立教大学経済学部兼任講師などを兼務。主な著書に『金融史がわかれば世界がわかる』(ちくま新書)、『金融史の真実』(ちくま新書)、『12大事件でよむ現代金融入門』(ダイヤモンド社)など。


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地政学上の出来事が資本主義システムにどのような影響をもたらし、具体的な変化を促してきたのでしょうか。歴史的かつ巨視的な観点から捉えることは、今日われわれが直面する経済・金融問題を理解するための必要最低限の知識です!原油・為替・株価を動かすリスクを「宗教対立」「民族意識」「イデオロギー闘争」「民主化運動」「環境破壊」に5類型化して分析し、現代地政学の「ブラック・スワン」まで解説します。

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