リーダーは「なんとなく」決まる

【藤沢】最高のリーダーは何もしない』では、タイトルにリーダーがついているのに「何もしなかったらリーダーじゃないじゃん」と言われたりもするんですけど……。

【柳澤】藤沢さんは、リーダーをどう定義しているんですか?

【藤沢】「ビジョンの大元」ですね。みんなの「心のホームベース」のような、そういう意味です。柳澤さんはどうですか?

【柳澤】カヤックでは、全員がリーダーっていう組織なんで、「リーダー」=「つくる人」っていう定義にしちゃっています。自分が主体性を持って、今起きている問題は自分に責任があると思えば、それはもうリーダーだっていうことなんです。ですから、肩書上のリーダーはすぐ、コロコロ変わりますし、誰がリーダーをやってもいいということになっています。

【藤沢】なるほど。

理想的なリーダーは「やさしさ」と「美学」を併せ持つ

【柳澤】たとえば、プロデューサーっていう職能があるんですけど、誰がいつ、なぜプロデューサーになったのか、把握していないこともあり、明確な定義や昇格のフローがなかったりします。現場の推薦により、気づいたらなっていたということもある。もちろんやってみてその職責が向いてなければ交代することも頻繁にあります。

【藤沢】へー。すごく不思議な仕組みですけど、それでも回っているんですよね。一方で、「おれリーダーやりたいやりたい!」という人よりは、周りに推されてなる人のほうが多いというのは、『最高のリーダーは何もしない』でも書きました。同時に、お話しを聞いていると、紙一重だなと感じることもあります。最近、「責任者不在の問題!」というようなことが多いじゃないですか。「誰が責任者かわからなくて、不正が起きた」とか、やっぱり責任の所在をはっきりさせなくてはいけないとか。

【柳澤】そうですね。責任者は全員ですというのが理想ではあるのですが、実際はコミュニケーションは、相手にあわせてするものなので、責任の所在を相手が必要としているのであれば、そうしなければならないし、カヤックもそこは明確にすることになります。