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莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

こんな時だからこそ思い起こしたい
戦後日中民間交流のとっておきのいい話
~1960年代のLT貿易、1987年の全日空・中国路線参入を実現させた先人たちの努力の系譜

莫 邦富 [作家・ジャーナリスト]
【第26回】 2010年11月5日
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 北京に来ている。数年ぶりの訪問なので、多くの友人や関係者との再会を喜んでいる。どこでも話は自然と最近の日中関係に及ぶ。

 揺れている日中関係に中国国内でも関心を寄せている人が多いことを再確認でき、非常にうれしく思った。だがその一方で、日中交流の伝統がどこかで途切れてしまって、受け継がれていないのでは、と不安に感じる日もあった。ある訪問先で日中間に昔存在していた「LT貿易」の話が出た時、その危惧はさらに高まった。多くの中国人がそのことを知らなかったからだ。

 日中国交正常化がまだ実現されていないだけでなく、かなり敵対的関係にあった時代の1962年、国交がなくてもせめて貿易関係だけでも築こうという両国の意思で、「日中長期総合貿易に関する覚書」という協定が結ばれた。

 中国きっての知日派でのちに中日友好協会の会長を務めた廖承志(リャオ・チョンヂー)氏が中国側の代表として、一方、元通商産業大臣である高碕達之助氏が日本側代表としてその協定に署名し発効させた。その2人の名前の頭文字のLとTをとってその覚書にLT協定、ないしはLT覚書という名を付けた。その覚書に基づいて行われた貿易はLT貿易と呼ばれた。

 半官半民的な貿易形態とは言え、政府保証の融資も利用できるので、最盛期には日中貿易総額の約半分を占めたほどだった。日中間に正式な国交がなかった時代だけに、その民間交流が果たした役割は非常に大きかった。翻って考えるに、当時の日中両国の政治家の知恵は、後人である私たちがいくら敬意を払ってもまだ足りないほど、凄いものだったのだ。

 日中間で自由に貿易が行われる今、LT貿易という固有名詞を知らない日本人と中国人はきっと大勢いることだろう。時代の流れと言えば、それまでのことだが、やはりどこか腑に落ちないところがある。

 日中間の民間交流が歩んできた茨の道をきちんと理解しておかないと、今日のビジネス環境の大事さ、大切さも十分には理解できないはずだ。LT貿易ばかりでなく、日中間の民間交流に並々ならぬ努力を重ねてきた先人たちの功績も私たちは忘れているのではないだろうか。

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莫邦富(モー・バンフ) [作家・ジャーナリスト]

1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。


莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見

地方都市の勃興、ものづくりの精度向上、環境や社会貢献への関心の高まり…中国は今大きく変わりつつある。先入観を引きずったままだと、日本企業はどんどん中国市場から脱落しかねない。色眼鏡を外し、中国ビジネスの変化に改めて目を凝らす必要がある。道案内人は日中を行き来する中国人作家・ジャーナリストの莫邦富氏。日本ではあまり報道されない「今は小さくとも大きな潮流となりうる」新発見を毎週お届けしよう。

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