横浜の市民酒場に“客思い”の真髄を見る連載の最初に登場する店は、横浜にある「常盤木」。これは、店に飾ってあった終戦直後の店頭風景の写真。看板には、“市民酒場”の文字が大きく記されている。写真左が、現在の店主の母上で2代目女将の荻原信子さん

わたしは、どうやって
食べるところを見つけているか

 わたしはグルメアプリも『ダンチュウ』もグルメ番組も眺める。けれど、基本的には友人知人から紹介された店で食事することにしている。なんといっても、実際にその店を利用したことのある人の意見は信頼がおける。

 ただし、友人だからと言って、むやみやたらと信じるわけにはいかない。

 まず、A群の人たちに聞く。A群はグルメ評論家的な人である。彼らが「おいしい」と太鼓判を押した店はたいがいは大丈夫だ。

 次にB群に電話をかける。B群は中小企業の社長、何を職業にしているのかよくわからないけど金を持っている人である。

 B群に「最近、どこでメシを食っているのか」を聞く。B群は全員、愛想がいい。「よお、教えてやるから一緒に行こうぜ」と誘ってくれて、しかも、おごってくれる。非常にありがたい。ところが、B群が「ここが最高」と教えてくれる店は高級店だが、たいてい、それほどおいしくないのである。

 そこで、わたしはA群の人たちが挙げた店のなかに、邪悪なB群が好む店が紛れ込んでいたら、そこを取り除く。こうした作業を経て、ほんとうにおいしい店のリストができあがる。

 ただし、である。リストはあるのだけれど、そこに行くかというと、ほぼそんなことはない。A群と食事をすると、3時間くらい、食べ物の話ばかりである。すごく重苦しい。しかも、割り勘だ。

 一方、B群は食事中に食い物の話はしない。徹頭徹尾、品のないバカ話と面白くない冗談と金儲けの話である。聞いていると、実にバカバカしい。しかし、消化にはいい。わたしは健康のためにB群と食事をすることにしている。なので、せっかく作ったリストは実はあまり活用したことがない(情報として仕事には使わせていただくが)。

横浜の市民酒場に“客思い”の真髄を見る現在の「常盤木」。戦時中に生まれた市民酒場の一つだが、今も市民に愛される酒飯処であり続けている

果たして、いつまでも
こんな食生活でいいのか

 他人の支払いとはいえ、長年、まずいものばかり食べてきたから、そろそろ食生活を変えようと思った。もう、わたしにはA群もB群もいらない。ひとりで、ほんとうにおいしいものを食べに行くことに決めた。

 長い前置きだったけれど、この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ(グルメという言葉はどうしてダサいのだろうか)。ハイサワー、ホッピーなどがあるのは客が庶民である証拠だろう。MBAを持っている経営幹部やグルメ評論家はまずいない店だ。そして、そこでは客が微笑しながら食べている。大笑いしている客もいるけれど、ほほえみながら料理を味わっている人がほとんどだ。人生はつらい。巡礼を続けているようなものだ。そうした日々のなかで、ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは、そういう食堂や酒場にある、と言っていい。